出演:はっちコミュニティダンサーズ
出演地:八戸
八戸でまず印象的なのはウミネコだ。2月になるとやって来て、産卵し8月になると去るという。
彼らの個体を超えた旅の記憶はどこに書き込まれるのだろう。集団、遺伝子、小さな脳のどこか、あるいは時空を超えたどこか。
もし、私が宇宙の果ての住人で、この星の生き物の脳内にカメラを仕込むことが出来るならば、ウミネコはいいなと思う。
淡々と海を行き来するようでいて、実はその脳内から、思い及ばぬほど精度の細かい映像や音が、もう既に、どこか遠くに向けて、送信されているのかもしれない。
作者インタビュー
早稲田大学で心理学を学んだ後渡欧し、各地でダンサーとして研鑽を積む。帰国後は主に振付家として活動。長久手文化の家、鳥の劇場、明治安田生命エイブルアートオンステージ等の委託、助成により振付作品を発表するほか、小学校、高齢者施設等においてもワークショップを行う。ワークショップのシリーズにDance&People主催による「みる、きく、かかわる」等。愛知淑徳大学非常勤講師。
八戸市出身。モダンダンスを中村美枝子に師事。上京を機に「黒沢美香&ダンサーズ」に参加。2004年ダンスユニット「ピンク」を結成、国内外11都市にて作品を発表。2006年日本女子体育大学卒業後にソロ活動を開始。2008年文化庁・新進芸術家海外留学制度の研修員としてドイツ・ベルリンに滞在。自身の作品を発表するほか、Sebastian Eilers, J_rg Br_ttなどの作品に出演。2010年秋に帰国。
珠実さんは初八戸だったため、名所めぐりをする。ここはvol.9踊り会場になった魚市場。うみねこが多数とまっている。
2010/12末 @JCDN事務所
聞き手:JCDN Saori Kousaki
2010年5月、JCDNの佐東と神前とで八戸に下見にいき、そこで地元主催者である八戸ポータルミュージアム‘はっち’準備室の方から、「踊りに行くぜ!!」公演ともうひとつ、‘はっち’のオープニングの式典でも、コミュニティダンスを披露してほしいという依頼があり、その話を受けて、これまでJCDNでコミュニティダンスに関して様々なお仕事を一緒にしてきた山田珠実さんに演出を依頼、また八戸が地元の磯島未来さんに演出助手を依頼することになる。
その後、9月に山田珠実さんと一緒に八戸を訪れ、様々なインスピレーションを得ながら、どんなコミュニティダンスにするかの方向性を、珠実さんを中心に決めていく。そして11月から公募を開始し、12月初旬に一回目のクリエイションを行った(※)。
八戸で初めて取り組まれるコミュニティダンス。その演出を託された山田さんに、下見から一回目のクリエイションを通して作品構想をどんな風に組み立てていったのかを、語ってもらった。
— 9月にはじめて八戸を訪れましたが、どんな印象を受けられましたか?
そのときは、制作サイドとの打合せで手いっぱいで、地元の普通の人とはほとんどお話しないで帰ってくることになったんですね。だから、人というよりは、町が持っている雰囲気とか風景っていうのを先にまず情報として得たと思うんですけど。
— そうですね。あの時は先に観光をしたんですよね。1日かけて。
そうそう。それで、八戸横丁でおいしいものを食べた。横丁の印象から言うと、ブースに区切られた路地をこまごまと区切って屋台風に見せている、あのつくりがけっこう面白くて。夏だから寒くはなかったけど、そもそも寒い土地なのに、妙に通気がいいというか。真冬でも営業するのに、あんなに防寒が少ない状態にわざわざしつらえてあるのは面白いよね。
あと、面白いなと思ったのは、12月に来たとき市役所の敷地でせんべい汁のお振る舞いをもらうのに並んだ時。とにかくすごい大勢の人が、ほとんど文句を言わずに、寒さの中、長い間、並んで待っているのだけど、「タダだから食べ得」ってことだけでは、並ぶ理由として、十分じゃない!と思った。本当に寒くて(笑)。それで、せんべい汁を食べるために並ぶっていうことは、「参加」しているということなのかな? って思った。寒い中、人と居るっていうことが大事にされているというか。人と一緒に時間を過ごす事が大事にされていて、それが家族だけとかのまとまりじゃなくて、もうちょっと広い集合体にも及んでいるという、そういう風土があるんじゃないかなという印象を受けた。寒いけど、開放的な土地柄を感じた。
名所のひとつ、種差海岸。向こう側に見えるのが太平洋。海岸沿いに芝生が見られるのは、昔は馬の牧場だったからだそう。
— なるほど。他にはありますか?
人間以外の生き物の存在感を強く感じました。烏賊やウミネコとか、あとは種差海岸の前の、勢いのあるモグラの穴とか。それから、馬の品評会のポスターにも興味を惹かれて。
それと、鮫の魚市場で海の水面というか表面。海の色がいわゆる青くもなく、緑がかったエメラルドグリーンに近い、深く艶やかな色でした。たぶん潮が動いていたんだと思うんだけど、光のラインが模様に見えた。流れている水の動きに光が反射して、部分的にラインが明るかったり暗かったりする模様。実際には触っていないんだけど、見たものを皮膚で触ったときの感触で言うと、ぬめっとした、色気のある光かたでした。
海の表面の印象は、同じ魚市場でみた烏賊の表面が持っている質感と今ではダブっています。烏賊の表面をじっと見ると、すごい精密な模様がピカピカしている。烏賊は海から来ているわけだから、海の波長のようなものがこの烏賊にもあるだろうし、そこからあがってくる魚にもあるだろうし、そこを行ったり来たりしているイカ釣り漁船の電球が並んでいる感じにも通じているかもしれない。あの光の連なりや、その光から生まれる影による模様や、ひとつの角度からではない光線が、模様のようにあるということに惹き込まれていました。
12月WSが終了し、帰途の日。再び種差海岸へ足を運び、岩の間に生じる波を観察する珠実さん。映像をいくつか撮った。
— ホームページやチラシの写真にも使わせていただいたのですが、種差海岸の岩の上に2時間くらいいて、何か動きを作っていましたよね。あの時も同じようなことを考えていたのですか?
種差海岸で見たのは、渦の生じ方とか。複雑に岩が切り立っているから、ひとつの岩の左に見えている海面の高さと、もうひとつの岩の右に見えているものの高さにギャップを感じたり、その二つの場所を行きかう潮の、つやっとした動きとか。そういうのを見ていて、茫洋としてきて。
高いところから低いところに向かう流れが見えたとしたら、その奥に、実際には見えないんだけども、なにか逆行しているエネルギーみたいなものがあるなって感じがした。どういう流れが起こっていても、もう一方にある見えないベクトルというのが、次の動きを作る。だから、常に双方向に動きというものがあるかな、と思って見ていました。
何と言うか、とても宇宙的な、印象を持ちましたね。目に見えているものは、光だったり流れだったり、わりと曖昧模糊としているものなんだけど、その向こうに、大きい秩序みたいなものがあるんだ、という印象を受けた町ですね。
魚市場で競られていたのは烏賊。この烏賊の表面が珠実さんの印象に強く残ったという。
— そういった印象を受けることは、めずらしいのでしょうか?
ヨガで自分の呼吸の音を聴いているときに、時々そういう宇宙的な印象を受けるときがあるかな。呼吸の音に自分が支えられている感じというか。自分が呼吸の音を立てて、自分の所有している音というよりも、その音が自分が在ることを生じさせているという逆転の感覚を得ることはある。感覚的にはそこに近いかな。海も烏賊とか色んな生き物も、何か、ある大きな秩序のようなものの表出としてそれがあるかのような存在感があったんですよね。
— お聞きしていて面白いのは、ヨガの場合、自分で瞑想したりしてそういう感覚を得にいくものだけど、そうじゃなくて、町や海や生き物からそういう感覚を受けるというのは、面白いですね。
土地の起伏というか、すごくダイナミックな場所だよね。種差海岸までの道のりもそうだし。あと海のあり方がすごく強いのだと思う。海の持っている影響力がちゃんと生き物に届いているのを、見ていたのかもね。
— 八戸の主催者と打合せするなかで、地元の民俗芸能であるえんぶりと何らかの関わりをもてないかという提案がありました。そのことが、八戸で作品制作をするにあたってのひとつのヒントになったのかなと思うのですが、えんぶりについて、どんな印象をお持ちでしたか?
作品の中では、えんぶりの方々と関わりをもつことは難しそうだと感じたのですが、ビデオでえんぶりを見て印象したことは、八戸の印象を大きく刻印しました。えんぶりをみてコズミックと思った。ひとつにはあの儀式が、地をならすところから種を蒔いて、収穫するというところまでを、2月のその事の始まりのまえに全部やってしまってお祝いしておく、という形式だよね。1年をどういうふうな暦で動くかということがずーっと繰り返されてきていて、だからこそ、それを凝縮して15分~20分のあいだに前倒しで予言して実現してしまおうという祭りが生まれるという。一年を短縮するという意味で時空を超えているんだよね。そういう、人の意識が、人だから時空を超えて事を実現するということができるというのが面白いと思って。
イマジネーションに現実を牽引させよう、ということは昔から当然のようにあって、しかもそこに身体性がついている。身体でそれをやっておく、ということが、文化としてすごく面白い。たぶん、そういう歴史に洗われた文化や身体性みたいなものが、最後にはわたしたちを支える強い力なんじゃないかなということを思ったんですよ。
言葉を唱えればそれはそれでもちろん意味があると思うけど、やっぱり身体でそれを儀式として祝祭的に実現して、その身体がもっている動きや技を継承し続けてきたということ、また、それが普通の人に継承すべきものだと認識されている文化は、すごく面白いし尊敬に値する。すばらしいと率直に思った。またそこでも、時間を超えさせている。個人の力以上に、その社会が継承するということによって、何百年も前に作られたものが、形を変えて何百年後かに実現されるように時間を超えているわけだよね。
えんぶりで使用する烏帽子を見せていただき、説明を受ける珠実さん。
そういう町で、なおかつ新しいことをって言われているのかもしれない。八戸の町自体がコミュニティダンスを必要としているかどうかっていうと、コミュニティは既にあると思ったんですよ。じゃあ何をっていったときに、今まで作品を創ってきた場所よりは、自分にとって作品性みたいなものが知らないうちにクローズアップされて、えんぶりという文化を持つこの町で、ここから受けた印象をどういう形にするのが自分にとって納得がいくものになるのだろうか…う~ん…という感じで帰りましたね(笑)。
身体っていうものが時間をどういう風に経て事を伝えていけるか、日常ということではないレベルの、日常に紛れきらない力みたいなものの影響下で生きている、ということを思い出させる場所なので、ちょっと大きい枠のものの力というか。もう一枠大きく、人を含む世界を見てみるということに対する興味を強く感じたかな。八戸には。
— その後、12月初めに一週間クリエイションのために滞在しました。その一週間に、A(ヤング)・B(シニア)グループの参加者にお会いしてみて、構成に関して具体的に深まった部分もあるのではと思います。どんな作品にしようと考えられているのでしょうか。
‘はっち’オープニング式典の演出については、せんべい汁の行列に参加した時の経験を生かして、何らかの形で、式典に来た人が誰でもが参加できるものにしたいと思っています。‘はっち’は英語で孵化する、孵化させるという意味を持つhatchというのと同じ音だということなので、みんなで新しいことを孵化させ、育てる場所というイメージに沿ったことで何ができるかなと考えています。
「踊りに行くぜ!!」公演のほうは、「表面」と「孵化」の2つのキーワードについて考えています。「産まれる」って、「破る」っていうところがあるのかな、と。
もともとは「表面」に対する興味の方が先にあって、ものに「表面」があるということが面白いなぁと思っていました。物事の表面が境界線になるわけで。その境界線をどういう風に侵すか、染み入らせるか、あなたと私の境界線というのが皮膚であったり、その間の空気であったり。わたしとあなたの境界線は頑強だ。とも思う一方、そうはいっても、しゃべっている間にも相手の言葉が情報として出たり入ったりしているということは、ある意味、侵し合っているわけだよね。そういう風に侵食しあう関係なしには、何も生まれてこないというか。それは性的な営みひとつとっても根本的にそういうもの。だから、相手に入るとか表面を侵していくことは、産むとか孵化するっていうことに繋がることだよな、となんとなく思っている。今のところまだそこまでで、具体的な作品の形として分かっているわけじゃないのだけれども。
表面を侵しあってものが生まれるという、その辺のことが若い人たちとも共有できたら面白いよね。「きれい」と思うものを見てもらおうというところから、もう一歩深入りして、 本当に「観る」こと「観られる」ことは、情報を深く奥まで、出し入れすることなんだと。
12月WSより。シニアグループの方に、オープニングの衣裳について説明する珠実さん。
— 一般的な言い方をすると、コミュニケーションということでしょうか。
そうですね。近いですけど、コミュニケーションっていったときは、握手するとかを連想します。それよりも、もうちょっと、時空を超えたい気持ち。それは情報の出し入れを深くしていくことで、実現できるのかなと。
最近、自分について、『今の私は、私が「失った」ものでできている』という事実に気が付いたんです。私にとっては、今「持っている」と思っているものの影響より、「失った」と思っているものの影響の方がずっと大きい。端的には死んでしまった家族とか。それらが「私」という人物を作っていると思います。
結局、一旦、本当に深いところまで入ってきた情報は、一生その人のなかで形を変えたり風化したり、見えなくなりつつも、在り続けてしまうというか。表面的にはどこにも見えないかもしれないけど、消えても在り続けるみたいなことあると思う。そういう関係性に興味を持っている。
— なるほど。具体的には、情報を出し入れする、時空を超えるということがキーワードなんですね。これからどう落としどころが作られていくのか、というところが興味深いです。
まだ、わけわかんないよね(笑)。具体的な作品として、どこまでそれが分かりやすく見える形にできるかっていうところが、難しいのだけど。少なくともそこに居合わせた人とそういう気持ちで向き合うことは間違いないです。
12月WSより。ヤンググループ。
— そのことを公募で集まった出演者(ヤンググループ、シニアグループで合計30名ほど)の方たちと深く共有できたとしたら、更に面白いことですね。1月末から公演に向けてのクリエイションを楽しみにしています。ありがとうございました。
山田珠実さんと磯島未来さんは、1月29日~オープニング公演日の2月11日までと、その一週間後の「踊りに行くぜ!!」八戸公演までの合計3週間、八戸でクリエイションを行います。さて、どんな作品になるのかは、観てのお楽しみ。どうぞ八戸まで足をお運びください!
※ JCDNうろうろ日記にて、12月のクリエイションの様子をレポートしています!
合わせてご覧ください。
1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 6日目
インタビュー中に触れられた八戸の民族芸能「えんぶり」が、ちょうど「踊りに行くぜ!!」八戸公演期間中に開催されています。ぜひ、あわせてご覧いただくことをオススメします。詳しくは、公式HPで! 行事日程が細かく掲載されています。