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青木尚哉作品クリエイションブログ

03.21

後日談

4….sokuを見てきていただいた方、ありがとうございました。
実をいいますと、この作品は札幌、仙台、鳥取での公演と京都、東京での公演では後半三分の一が変更されています。
4….sokuというタイトルでみなさんに提示しておきながら、初演以降にこうも変わる。このこと自体は申し訳ないという思いがあります。ただ、鳥取と京都の間の2週間に僕自身とチーム内に大きな変化があり、この企画自体もその事を大きな器でささえていただいたため、思いきって変更をする事にしました。
すこし具体的なことを話すと、僕たちは最初に「記号的メッセージ」というキーワードを持っていって、その事を行うために「4….soku」というタイトルを作りました。しかしこの材料であったタイトルが終盤になりテーマ性を強く放ち、キーワードは逆にその事を表すための手法になっていきました。なので、鳥取までは作品構成を行う前に用意したマテリアル(記号)のみを使用していましたが、京都以後は、新たに出来事を作り足しました。
一度構築したものを切り裂いて、もう一度放り込んだその事項はどこまでも深く潜り込んだように思いますが、はたして着地点を見つけられたのかは、不明です。この自ら仕掛けた罠に自分自身を引き込んでしまった「4….soku」は、まだ僕の中で彷徨っている様に思います。いつの日か、近い将来に、またトライしたいと思っています。
以下は2/28~3/6のチーム内でやり取りされたメールです。
かなり、読みづらい内容です。感情的な部分で、照れくさい内容をあります。
が、今後の参考になればという勧めがあり、公開します。
興味のある方は読み進めて下さい。
また、、、。   青木尚哉
2012年2月28日 14:53:48JST
カミイケさん
皆様
鳥取公演お疲れ様でした。
熱も冷めないうちに、鳥取公演までで考えていた事、今後について意見を言わせてください。
やはり最後が問題であって、この作品が何を言いたいのかが、正直今僕のなかでもぼやけています。
それは観る側からもそうなっていて、「作品」として何が言いたいのか?という一番大事なところが無い状態(伝わらない状態)です。
僕は青木さんの説明のさいに「何か・・・」という言葉がいつもひっかかります。
「何処か分からない場所」というのはいいにしても、「そこにある何か懐かしい物」という風に続くと「何処かの何か」では話は伝わりません。
それを踏まえて青木さんにお聞きしますが、「4soku」とは一体どういう作品なのでしょ うか?
僕の思う「4soku」は前回仙台公演後にメールしました。
その答えをまだもらっていません。
演出家としての仕事をよろしくお願いします。
それが一点ともう一点。
この作品に足りないのは凶暴性だと思います。作品としての凶暴性です。
4sokuという事から想像される「野獣のようなもの」はこんなに大人しいとは思えません。
そこでのプラン提案ですが、太鼓終わりより、一度全て壊してしまい、各セクションをインプロで行うというのはいかがでしょうか?
ノープランでという事ではなく、その為に先ほど「4soku」とは一体どういう作品なのでしょうか?とお聞きしました。
その答えに沿っての各セクションがインプロを行うという事です。
これは一度作り上げたものを 壊してのインプロとは、野獣の凶暴性を出すという視点で意味ある行為だと僕は思います。
自分の首を絞めている事にもなるプランですが、僕は作品といつでも真剣に向き合っていきたいと思っています。
よろしくお願いします。
2012年2月28日 22:36:24JST
青木
青木チームみなさまへ
鳥取よりリアクションたくさん、でていますね。
カミイケさんのメール、みずのさんのメール、熊地とは今日会いました。
少し考えさせて下さい。僕自身の意見をまとめる必要があるのは確実ですね。
もうひと勝負?!
2012年2月29日 00:55:25JST
熊地
熊地です。
とりあえず改めて俺も書いときます。
今の思いは、
カミイケさんと同様な、結局何を投げかけるのか?ってとこ、
またその事の強度だと思います。
ここまでやってきて何かヒントが見えてきているんですが、
うまく言葉にもできないしハッキリしてません。
特にピンときたラスト、ライブ映像に映った足、みたいに。
なんか結構シンプルな事だったり?と思ったりもします。
今回のこのチーム、ここまで議論できる、アイデアを発信/共有できる、
そういうメンツだからこそ、粘りたいなと。
ここであえて、なんか勝負かけたいですね。
もう細かい修正や、つじつま的な部分の所ではないなと。
もっと深い所、大きい事のトライかもなと。
尚哉さんに考えてもらうのもちろんですが、
何かヒントになるように、俺ももう少し考えます。
で、
漠然ですが、今のアイデアや演出プランを手当たり次第書きます。
それを試すか試さないかは別として、掴もうとしているもののヒントになればなと。
今、頭に思いついた事なんで、ざっくり事ですが
なんでも材料があった方がいいかなと思うので。
みんなで考えていきたいです。
以下、漠然と思いついたイメージや、アイデアです。
=一部省略=
2012年2月29日 01:10:12JST
熊地
さっき書き忘れたので補足です。
俺も今、後半の演出や構成みたいな事は、
カミイケさんも言う『答え』ってのが無いと
ハッキリ言って考えれないですが、
とりあえずでも、今はみんなの
漠然なアイデアや思いついた事、どんどん聞きたいですわ。
なんかその中から『答え』のヒントが見えてくるかなと。
2012年2月29日 08:32:52JST
カミイケ
あまり立て続けに言うと考えが複雑になり余計にまとまらないかもしれないので少しだけ補足させて下さい。
熊地さんのメールと同様の意見ですが、やはり「足」(足に見立てられる事柄や事象)で終わらせないと腑には落ちないと思います。
インプロという決断をするにはかなりの勇気がいるとは思います。
ただここは勝負所だと思います。インプロのプランではないにしても思いっきりいかないと今までの繰り返しだとも思います。
2012年2月29日 17:05:02JST
山田
尚哉さん みなさん
僕の考え、思ったこと、作品の僕なりの解釈というか、うまくまとまってないですが、メールしてみます。
「aだとおもっていたものが、aではなかった」
これはある意味絶望ですよね。
信じているものに裏切られる。
しかし、信じた自分がばかだったのかもしれない。
認識の不調和
カミイケさんの機械(化身)は、今僕らが生きている世界ではまったく機能しない機械ですよね。
のり付け用のローラーだとおもっていたものが、おかしな文字などが描かれた紙を吐き出し続ける。
プロジェクションされた景色も誰に対して何が言いたいのかをはっきりさせないまま、しかしある強度、機械独自の性格(時間)によって運動し続ける。これはカミイケさんが作った世界ですよね。現実世界にリンクさせながらも、実は全く関係なく運動しているだけのようでもある。見ている人が勝手に意味付けするようにしむけた作品としての罠というか。
認識の罠といってもいい。
それは、ぼくにとって椅子だと思っていたものが、突然動き始めるというところにもあるし
はじめ坐っている「人」が、4足で歩きだすところにもある。
ふつうに立っている尚哉さんはそんな不条理の世界にまるでアリスのように巻き込まれる。
それはカミイケさんの結界の中、内面に落ちて行くということだし、内面に落ちて行くということ自体が、遺伝子の歴史をさかのぼるということでもあると思う。
原初の追体験である前半の4足。
そこからの人間の繁栄、産業革命、驕り爆発のルネサンスダンス。
もしかしたら尚哉さんはマスクしないで、四足のままダンスシーンやったらいいのかもしれない。
マスクマンの周りを吠えてまわる獣のように。
マスクマンって周りが見えなくなっている状態なのかも、それを獣が唸り声で必死に説得している、とか。
よっ、と二足なってみたりするが、長続きせず。
どすん、青木アリス落ちる。
スクエアは我に返った(現実世界に復帰した)尚哉さんの独白ですよ。
ということはこの時点で尚哉さんははじめに戻っているんじゃないですか。
場所も最初と同じにしたらわかりやすいと思います。
そうすると機械に明かりが入った時ぼくは坐っていたほうがいいのかな。
そして最後、確認しに機械の所へ行った結果のaとeのビジョンですから、追い打ちをかけられたような感覚
「やっぱり違う」と。
機械は私たちの行動を記述してきたように見せておいて(walk today sleepなど)、やはり実際はもぬけの殻で(紙のないローラーがガラガラと音を立てるだけ)、そこにaとeの重なったビジョンが浮遊する。
「aだと思っていたものはaではなかった」
認識と実際の不一致。
もしかしたら尚哉さんには、二足歩行の結果肥大した脳みそと脳みそ至上主義に対する批判があるのかもしれない
もっと言えば、人間の作り出す「絶対」という言葉へある種の嫌悪があるんじゃないか、とまで思ったりしました。
原発安全神話の崩壊はその最たる例ですよね。
認知的不協和ってやつですか。
言い過ぎかな。
ラストですが、
尚哉さんのソロって手も思いつきました。
プロジェクションには足を映したり。
ラストに「踊り」という生活に全く必要の無いの動き。
ある人の言葉を借りると、魚が水面から飛び出すような生命の叫び、です。
インプロもやりようによっては破壊的でいいと思う、今は具体的にイメージ出来ないけど。
勝手な想像も含めていろいろ書いてみましたが、みんなが言うように、要は尚哉さんが出す「答え」がどこに向かっているか、だと思います。
山田勇気
2012年2月29日 23:29:54JST
青木
熊地、カミイケさん、勇気へ
いつも一番遅くてすみません。
今日改めて、4回の本番を全部通してみてました。ゲネもつまみつまみ観て、これまで書いた原稿、台本の数々も読んでいました。
で、何回も言ったり言い換えたり、誰かと話したり誰かに言ってなかったりしたので、ハジメカラモウイチド、いかせてくだい。
長くなるし、個人的です。最後の方に核心があるのかないのか不明ですが、つき合って下さい。
この作品は「記号的メッセージ」から出発しています。「記号的メッセージ」とはなにか?
僕らの日常では伝えたい事があれば、いっそ文字や言葉でメッセージを伝えるのが常套手段だと思います。それなのに、なぜ記号なのかと言えば、文字や言葉で伝え合って、了解できる事や物の範囲に疑問や憤りを感じる事があるからです。しかしこれには、ネガティブだけでなく、ポジティブにも感じるところもあって。だからこそ関係がうまくいく事だってあるかと思っています。コミュニケーションの際に言葉だけではなく、その声色やメールのタイミング、語調など多くの内容以外のことで僕らは相手の事を理解しようと反射的にしているのだと思います。そういった言葉や言語ではない物と積み上げて、作品を進行しようとする試みでした。
この時、この時点で内容に対するイメージはなく、やりたい事はいったいどうやって舞台と客席を一つにまとめるかという事でした。つまり名作にしたい!!という気持ち優先のどうしようもない状態で夏のミーティングをしたのを覚えています、、、、、。
そして、その次にタイトルとなる「4….soku」が来ました。今思うとできすぎたタイトルでした。多重の意味を持てるようアルファベットや記号も入れておき、実際の表記では、意味が確定しないようと付けました。このときに、僕の引き出しの一番前にあったので、、、。現時点で4足というとカミイケさんの言うように野獣と言うところに大きく傾いていると感じられますが、実を言うと僕の娘(今2歳)が赤ちゃんからハイハイに変わり、つかまり立ちを始めたのを観ていて、僕のダンスは立ち方一辺倒になっていた時期でした。それから、これまで僕が怪我が多いダンサーであったため仕事を失った時に、身体の解剖学を学んでいました。そのため、やや哲学的な思考になっていました。勇気のくれたメールにあった事が、だいたい図星ですがこのような事をある本で読みました。「人間とゴリラの生物的な違いとして足の筋肉のつきかたがあります。手を地面に付ける時間が長いゴリラはお尻よりも太ももの筋肉が多く、人間は太ももよりお尻の方が大きいです。そのためバランスの関係で二足歩行しやすいです。しかし実際には二足歩行が目的ではなく、自由に前足を使う事が欲しかったのだと思います。付け加えるならその事により頭の位置が高くなり視界が広がった事も大きな副産物のようです。そして、つまりは脳みそが大発達したようなのです。」子供の成長を見ていてこの本で読んだ事が毎日じわじわと繰り広げられていました。生物として子宮から誕生、そして四足、二足と人間の成長は長い進化の歴史、早送りで観るようでした。というのが、わりと四足のキッカケでした。余談ですね。
話が拡大していますが、今4…sokuのタイトルに内包する事項として僕が思ってるのは次のとおりです。
・多重の意味を含む言語、メッセージ。
・4足   重力に対し、構造上の視点から最も安定をする形。イス、テーブル、家。人間の赤ちゃん。
・4速   ギアの中では、速い方?加速。段階の向上。エネルギーのベクトル。
・ケモノ  4足の哺乳類。犬や猫など。
人間が失っていないはずの本能。理性や知性と反するもの。
だが、犬や猫に本当に理性や知性がないのかは不明。
・ドット  記号。点。ポイント。単体のときと二つ以上では違った意味を提示してくる。
・法則   ある一定の状況で守られるルール。自然の法則。みずのさんが出してくれました。
で、何を!!と問われてしまっているわけですが、
「記号的メッセージ」と「4….soku」、二つに共通するのは「人間」という事なんだと思います。でかいですね、、、
今回、自分が出演してしまってる事が現時点で大きく響いています。これは望んだ事なのですが、、、。
僕はこの「人間」が「私」にならないように逃げたかったんだと今自覚しています。そうしてしまう作品をこれまで観た中であまり良いと感じられなかったし、今回もAプロは結構そんなんばっかですね。僕のはソロではなくデュオだから何となくそれだけでいけちゃうかな、とも甘く考えていました。そしてこれも勇気の図星ですが、僕は人や人間を蔑む傾向があります。これはもう昔からで、思い出せるだけでも小学3年生の時には始まっていました。近所の飼われている犬が虐待されるのを見てまして、、。僕は僕でシートン動物記などの動物物を読み、人よりも我家の飼い犬を信用していました。そのころの将来の夢はアラスカにいって狼と暮らし、いつか日本狼を復活させたいという野望を持っていました。カミイケさんと最初に鳥の劇場で原発の映画を観ましたよね。そして自分も大嫌いな大人になっている事に思い知らされました。でももう帰れないんですよね。最近娘が大きくなるのが悲しく感じてしまう時があります。すべて、個人的は告白ですが、つまりそんな「私」が出てくるとカッコ悪~くなるんですよね。だいたい。札幌の時にやりすぎていたのは初演ですべて吐き出したかったのかもしれません。ゲップとかしてね。
自分のやりたい事が「人間」なのか「私」なのか、いま答えが出ません。
「私の思う、私たち」というのが近いのでしょうか、、。
結論を先送りにして、映像をたくさん見ました結果から少し話します。
札幌2回目が良かったですね。熱気と巧妙さが両立しているように思います。
この、なぜを探るのも一つの手ですが、実際にはライブ感マックスというのが答えな気がします。
そしてこれは今回の答えかも知れない。今という幻影は儚いものだとしてしまう。
でも、もっと言える事あると思うんですが、、、。
3人の意見も出してもらって、僕も今思っている事を書きます。
・タイコのシーンで
今まで僕は作品を客観視していなかった証拠ですが、二人の入れ替わりや実際に二人になってしまうところで、初演時に渡した台本では片割れの更に分身と解釈していましたが、どうみても僕はさっきまで4足で絡んでいた人ですよね。笑。笑い事ではないのですが、、。
そうすると青木バタンで、僕の台本ではトカゲは取り残されたままだったと言うのも無理がありますか?
カミイケさんはそこを夢と言ってくれましたが、夢の中だったとしても一緒に踊ってしまったらだめなんですよね。きっと。相反する進化の道を選んだ物として、、、。
これが、僕の中ではかなり大きな元凶でした、、。
・スクエアのシーンについて。
ここの不確定要素が自分で自作していてインプロのタスクに迷っています。が、これまでのゲネ含むすべての演技を通して見ていくと、もっと内的に集中を高めた方が良いと思いました。最初の方で「今起こった事に反応する」というタスクから発展して来ましたが、鳥取では客いじりのようになってしまい、逆に外的な集中になってしまいました。仙台のゲネの時にたまたまですが鏡に映っていて、チラシの写真を追うように4足になった回があったのですが、その時は見せるというよりその事に没頭している感じが良かったです。ここは僕のやり方でタイコシーンの後の有効な引き込みと同時に一人4足を印象づける風にできるんじゃないだろうか。
・紙がおちるという事について。紙切れという事に何か強烈に感じる物があります。これまで観てきているともう既に紙はいつか無くなる事を知っていますが、初めての時は多分紙ずっと続くんだと思っていると思います。それがなくなりおちるとき。ずっとあると思っていた物がなくなるのは、石油などの限りある資源の用に感じています。
・同時に紙がおちて、尚廻り続けるマシンはなんでしょうか?役目を終えても終わる事のできな物。それだけではなく、今となっては騒音を作るマシンとして存在を続けること。何となく福島原発を思い起こされます。自分自身でこの事を語る準備がないのですが、きっと準備を待っていたら一生語らないと思うので今言います。
これはもっと強調されるべきかも知れません。コールライトまで輪まし続けましょうか?この辺でマシンもなんかいい感じと思っていた人がいたら裏切れるといいかな?
・鳥取で映像のスイッチの使い方を初めて理解しましたが、効果的だったんだろうか?人間は感覚は視覚に偏っています。モニターというのはその事に対しての警告としても使っています。なので、ライブだと思っていたモニターに異変が起こる事は強調したくて、それはシステムに強い人には対して効果がないのかもしれませんが、びっくりさせたいのではなくて、「そういう事が起こりうる事」を新鮮に伝えたいのですが、、、
・たまたま足を写した時に何となくおっと思いましたが、みんなも思っていたようです。これが、タイトルに寄り添う気持ち良さかなと思います。
個人的にはそこからまた出て行く時、映像から自分の足が消えていくとき、「モウイチドハジメカラ」的な感じで受け取れましたが、、。
・で、答えですね。当初に言っていた共立というのは、目覚め確認し、元に戻るという事ではなくて、むしろ未確認のまま進み続けるという意味でした。違うとすれば、以前は一つであると思ていた自己が二つあり、お互いに矛盾した事を言っているという事を知ったというまれな状態です。仙台まではこのまれな状態に加えカットアウトする事で、何となくハッピーエンド感を醸し出していたのですが、鳥取ではいつまでも続き不安定さや4足立ちを残す終わりかたにしました。意外とあれが4足のイメージが弱いようでしたが、、、。しかしまあ、きれいに終わっていますね、、、、、。
さて、長々ですが。
いったい何を!!という時ですね。
タイトルの4足と中盤までの流れでやりようによっては「進化の歩み」をちらつかせています。
その上で、人間の繁栄と同時に起こり始めた、地球上の生物としての違和感。地球そのものの変化だったとしてもその事との不調和。
このままの進化を続けるべきか?あるいは本当に進化なのか?という壮大な投げかけが出てきます。
自然回帰を唱えたり、エコを言うつもりは全然ないのですが、ちょっと立ち止まる事があっていいと思っています。
少し立ち止まって、よく見てよく聞いてよく感じて、身体にも手の平あてて、本当にこれが望んだ事か?
本能か理性か、どちらにしても。生かされているとは思いたくない。生きてるんだと思いたい。
固定化されてしまった価値観にもう一度揺さぶりをかけたい。
結局僕は怒ってたんですよね。この企画への応募自体もそれでしたし。
私に対し。人間に対し。
わかっているとか、わかり合えるという根拠のない自信に。
勇気の言葉です。
「aだとおもっていたものが、aではなかった」
これはある意味絶望ですよね。
信じているものに裏切られる。
しかし、信じた自分がばかだったのかもしれない。
認識の不調和
信じている物が少ない僕はなかなか絶望まではいかないのですが。
何となくaだとしていた事が、はっきりとそれがaとeの混じり合ったものとつかめた時は素晴らしいんですよね。
そんな瞬間は確かにあって、それはなかなか起こらないんですけど。
具体案が全然出せませんでしたが、一日机にへばりついて時間切れかな。
一度送信します。
明日は、勇気にあえますし、何か具体的な方向案出たら、また出します。
もろもろ、投げ込みお願いします。
青木
2012年3月1日 00:44:58JST
熊地
クマチです。
今なおやさんの文章読んだばかりですが、
衝動的に書いてます。
さっきのなおやさんメール
>
結局僕は怒ってたんですよね。この企画への応募自体もそれでしたし。
私に対し。人間に対し。
わかっているとか、わかり合えるという根拠のない自信に。
読んで思いました。なおやさんのこの気持ち、
これ自体がこの作品の引き金で、
オーディエンスにぶつけたいところですよね?
ものすごく単純に言ってしまうと、
言いたいことって『怒』なんでは?
『記号的メッセージ』や『4_soku』って中にあるのは
怒りでは?
そうだとすると、今までのラストなり、後半以降の演出プランって、
まったく違う方向ですよね。
綺麗なイメージや綺麗な情景を残す事じゃないですよね。
もう簡単に言ってしまうと
怒りって、衝動的で、暴力的で、警告みたいな事ですよね。
すいません、まだ俺もよくわかりませんが
頭に浮かんだ事、
人間、機械、文明、動物、
歴史、ズレ、誤解、誤認、記号、破壊、汚染、
なんか音ではイメージが出てきますよね。
すいません、とりあえず衝動的に書きました。
もう少し色々考えます。
今思い出しました、企画書出す前に2人で話した時も
俺は怒ってましたよね、業界に対して怒りある事(笑、余談)
2012年3月1日 00:57:01JST
熊地
クマチです。
しつこくてすいません。
もう衝動書きです。
マシンから情報があふれること、
紙が切れても止まらない、止まれない機械、
もう人の操作じゃどうにもならない次元の。
制御不能ってことの怖さ、凶暴性、危険性?
そもそもなんの機械なのか?
機械は回転し、轟音は止まらない、
その世界の中で二人は何をするか?
例えば
新たにあるとしたら、
なんかそんなラストなのかなと。
2012年3月1日 03:43:50JST
熊地
度々
クマチです。
明日から別作品の小屋入りなんで、まめにメールができないかもなんで
思った事、今日書きまくってます。
なおやさん、みんなのメール何回も読んでいて、以下の部分
————————————————————————>
タイトルの4足と中盤までの流れでやりようによっては「進化の歩み」をちらつかせています。
その上で、人間の繁栄と同時に起こり始めた、地球上の生物としての違和感。地球そのものの変化だったとしてもその事との不調和。
このままの進化を続けるべきか?あるいは本当に進化なのか?という壮大な投げかけが出てきます。
自然回帰を唱えたり、エコを言うつもりは全然ないのですが、ちょっと立ち止まる事があっていいと思っています。
少し立ち止まって、よく見てよく聞いてよく感じて、身体にも手の平あてて、本当にこれが望んだ事か?
本能か理性か、どちらにしても。生かされているとは思いたくない。生きてるんだと思いたい。
固定化されてしまった価値観にもう一度揺さぶりをかけたい。
————————————————————————
この事が、怒りのような思いで、今回の作品で一番伝えるべきところじゃなですか?やっぱり。
すごく壮大ですよね、笑。
もうSFって要素じゃないですね。
正直俺の解釈で今の思い言いますと、
現状だと、2つの要素があるとおもうんです。
『記号的メッセージ』という日常のズレや違和感みたいなテーマ、
『進化の歩み/進化の違和感』みたいなテーマ、
どちらも同じような思い、共通のメッセージがあるんだと思いますが、
俺の解釈だと、『似たような違うテーマ』だと思うんです。
この2つのニュアンスを含めようとするのは、難しくないですか?
特に今回は30分。
すごくストレートに『どちらか1つの問題/要素』に絞ることかなと。
それが、本当に伝えたい部分を複雑にしていたように思えます。
『記号的メッセージ』というテーマが、今回の出発ですが、
タイトルが『4_soku』、
最初からタイコまでのシーンの動き/演出は
進化の歩み、動物、歴史、って要素が如実にでちゃってると思います。
今回の音楽を作った時のイメージは、
山ちゃんが言うように
『人間の繁栄、産業革命、驕り爆発のルネサンスダンス』
この辺ですから。特にタイコは。
そこから後半『記号的メッセージ』なニュアンスが出てくると、急展開だなと。
だからカミイケさんが言う、
『やはり「足」(足に見立てられる事柄や事象)で終わらせないと腑には落ちないと思います。』
後半〜ラストは、足、動物、人間の繁栄、進化後の世界、進化後の世界、問題
こんな要素の投げかけだったり、問題定義、思いが臭うシーンでないといけないのかなと。
壮大っていうか、政治的な事にもなってきましたけど。
もともと
原発問題、経済悪化など、今起きているリアルな問題提議は
リアルに含んでなかった作品ですが、
観ている人達に、その臭いを感じさせてもいいのかなと。
もしかしたら結構臭わせてると思うんです。
だからといって強烈な演出や、何か強烈な事をするってことでもないんですが、
もう少し考えます、具体案とかを。
ラストシーン、
気持ち悪かったり、怖かったり、後味悪かったり、シリアスだったり
そんな終わり方でも良いともいます。
って漠然なイメージだけですいません。
2012年3月1日 08:20:42JST
青木
青木です。
クマチ、ありがとう。
原宿での話、つい最近だけどなつかしです。
ひとつにしぼるという事、最後の砦を開ける事になるかと思います。
記号的メッセージに導かれて、やってきたのは、観客ではなく僕ら自身だったのかな。
進化の違和感をどう表現すべきか?
今日から勇気とワークを始めます。
他現場、頑張ってください。
とりいそぎ、、。
2012年3月2日 23:51:54JST
青木
沈黙の一夜を経て。
昨日、勇気とリハーサルをしました。
今日は、カミイケさん、エミさんと電話をしました。
今だ、なんの具体的アイディアはでてきていませんが、勇気とのワークでは面白そうな絵図らは一つ二つでてきました。
鳥取での秀作を壊していくとすると、やはり予定調和よりは、規制概念に対し揺さぶりをかけるような出来事やそのタイミング。そして重要なラストの出来事が必要だと思います。
京都では、少し時間がありますので、タイコ後でこんなことがあったら面白いというアイディアがでたら、皆で書き込みませんか?意味のある事でもない事でも、不可能なイメージでもよいです。体、カメラ、映像、紙、音、服たど今あるものを生かして。
ぼくも書きます。
よろしくお願いします。
青木尚哉
2012年3月3日 01:53:20JST
カミイケ
皆様
お疲れ様です。
太鼓後のシーンについてプランを書きます。
参考にしてもらえればと思います。
1.
太鼓シーン終わりで紙がマシーンから落ちる
落ちると同時に 音、照明がカットアウト。(音はかなり大きい状態からのカットアウト)
映像にはaとeが重なったものが紙切れ手前から鳥取のように入っていて、照明が落ちたら映像も映さないけどシャッターは閉じない状態。
マシーンの生音がカラカラとだけ響く。
このシーンはいつまでも続いていくと思っていた日々(紙)が突如終わってしまうという停止を表しています。
青木さんが暗闇の中登場して、紙当ての ライトだけつける(仕草)マシーンの故障を確かめるように色々照らす。
そこに四足で山田さんがやってきて、青木さんは山田さんを照らす。
しばらくすると山田さんがどこかに立ち去る。
青木さん倒れる。
なぜこうなったのかを確認する意味として。
紙当て、映像フェードout
そして共立のシーンが始まる。
二人が頭で立って移動を始めたら照明カットout→10秒してマシーンout
終了
スクエア→マシーンでの山田さんのシーン→共立は全て綺麗過ぎていて起伏が感じられないように思います。
インプロをするのであれば音を中心に各セクションが作っていったものをおこなってみるのも良いかもしれません。
2012年3月3日 10:14:19JST
カミイケ
皆様補足させて下さい。
青木さんと昨日話していて、僕の中では「進化を漠然と続けてきた人類、その進化は本当にいいのだろうか?今それを確認する時ではないのだろうか?」という事だと受け止めています。
その為には「止める」という事と「確認」という事を強く意識して作らなければと思い昨日のプラン案を出しました。
ラストは物凄くマイナスな感触で良いのではないかと思います。
「作品」とは決してお客さんに楽しんで帰ってもらう事が「良い作品」ではないと思います。
僕はダンサーインザダークぐらいの「コトンと心に穴があく」イメージの終わりを持っています。
そういった意味での凶暴性でいいと思います。
そういった点では、紙落ちは最後の最後 に持ってきても良いかもしれないとも思います。
紙落ち寸前でマシーンを先に止めて、紙が落ちたら全てがカットアウトで終わりでもいいかもしれません。
ダンスはまったく別の事として進めて、紙が落ちたらそこで終わり。
いかがでしょうか?
2012年3月3日 13:18:14JST
青木
みなさま
カミイケさんも補足にあった事ですが、
「進化を漠然と続けてきた人類、その進化は本当にいいのだろうか?今それを確認する時ではないのだろうか?」
という言葉できる内容を説明したいわけではなく。
今という時代について、動物的直感で違和感を感じさせるというのが目的。と考えています。
伝わっているかと思いますが、、、。
新しい提案で紙おちで終わりというのは、一つアイディアですが今ひとつインパクトに欠けるかもしれないですね。
まず昨日のプランの感想と提案の付け加えを書きます。
1.
太鼓シーン終わりで紙がマシーンから落ちる。
中盤でおちてしまい、マシンの空回りがいつまでも続くというのはアリかと思いますが、その後の出来事の分量が心配です。
落ちると同時に 音、照明がカットアウト。(音はかなり大きい状態からのカットアウト)
音ですが、タイコからアウトか、もしくはタイコおさまりエフェクト付きの回転音。今の形。から熊地が仙台後にくれたオープニングに使おうとしていた
ノイズ(現代の混乱を感じさせるもの)に行って、紙落ちで音ぬけ。だと効果絶大だと思います..
映像にはaとeが重なったものが紙切れ手前から鳥取のように入っていて、照明が落ちたら映像も映さないけどシャッターは閉じない状態。
マシーンの生音がカラカラとだけ響く。
このシーンはいつまでも続いていくと思っていた日々(紙)が突如終わってしまうという停止を表しています。
突如終わるというのであれば、ここではae映像は混じってこないこなくてもいいかな?
青木さんが暗闇の中登場して、紙当ての ライトだけつける(仕草)マシーンの故障を確かめるように色々照らす。
そこに四足で山田さんがやってきて、青木さんは山田さんを照らす。
しばらくすると山田さんがどこかに立ち去る。
青木さん倒れる。
なぜこうなったのかを確認する意味として。
なぜこうなったのか?確認するよりはそうなる事を予感できなかった、もしくはそうなった時に対処のない意味のない行動を並べたいと思います。
紙当て、映像フェードout
紙落ちのタイミングは見計らうとして、(タイコ終わり、ラスト、現状通り、インプロ?)
タイコ後におきたいものを出してみました。
まずスクエア。
これはやりたいと思います。
これまでやっていたのは、結局僕の内的な描写でしたが、これを「行き場のなさ」みたいにやりたいです。
勇気がこないだ出してくれたようなタスクをあの狭い中でもう永遠ととどめなくやる。
動物園のおりの中の猛獣。(野生動物とは確かに違いがあるよね)
井の中の蛙。手のひらの孫悟空。
自らが作り出した枠から飛び出せない。いや枠が存在している事を知らない。
外から見れば、世界がその先に広がっている事は一目瞭然の悲しさ。
(スクエアの大きさをマシンの形に合わせたらもっと何か結べるかも、、、)
次に勇気は、素晴らしい絶頂の頂点に上る踊りの後にはもう一度機械に座っていたら良いかと。
疲れ果てたのか?すべては錯覚だったのか?
青木さんが暗闇の中登場して、紙当ての ライトだけつける(仕草)マシーンの故障を確かめるように色々照らす。
こんな感じを勇気がしたらいいかな。ただ演技や身振りと言うよりは淡々と。
鳥取でカメラにてを写して遊んでいた勇気の動きが面白かった。足もそうだけど手は作品の中でも大事にしていて、
以前は前足だった物だよね。手先の先例は進化の引き金だったわけで、そして人類は道具を手にしたわけで。
そうした行為をむなしく回転は止まらず、カメラを通じてただ見守るばかり。
余談ですが、監視カメラ多い。確かに防犯効果あるけど、取り返しのきかない事態に関してはなんにもならない。
カメラおいても安心は買えない、、、、。そして僕らは見られすぎてますよ。おそらく。余談です。
この延長でカメラをいろんなところに向けてってもいいと思います。
札幌では否定されたけど客席とかね。
ただ、客は写らなくて例えばだけど鳥取映像で佐東さんが開演前に客席を一回左右になめてたけどあんな映像が来ると、
カメラアングルに疑問持ちますよね。きっと。
あれもしかしてカメラとってる?とか。
ひたすらおりの中の僕写してもいいと思う。
差し替えで足が出てきたり、もしかしてもしできるのなら、素っ裸の僕が同じ事してたり、顔のない僕がいたり。
ちょっと攻め過ぎかな。
そして共立のシーンが始まる。
二人が頭で立って移動を始めたら照明カットout→10秒してマシーンout
もう一つは、最後のシーンのアイディアですが、
なんか運べる物は全部一カ所に集めて、紙をかぶせてしまうとか。
これは何でも困ったら埋める。と言うのが僕らの最後の手段で、燃やすか埋めるか。
埋葬ですね。蓋をしてなかった事に。
で、最後に一瞬だけ勇気の振付、おどりたいな~。なんて。具体的には最後のくだり。あとで映像アップします。
もうマシーンはカーテンコールまで止まらなくてもいいんじゃないかと思います。とか。
以上、現状の思考です。
仕事に行きます。
明日また、考えた書きます。
青木
2012年3月3日 14:44:46JST
カミイケ
みなさま
今の青木さんのメールを読んで思ったのが、結局今までと変化がないように思えます。
中身として、少ししっかりはしたけど、作品として観た時にはほとんど変わらないと思います。
それならば札幌公演に戻すだけの方が良いのかなと思います。
今までのシーンに固執しては新しいモノは生まれなくて、思いきった決断で流れを変える為に僕達は今考えているのではないのですか?
2012年3月3日 18:39:10JST
青木
変えるために変えようとはまったくおもっていません。
探しているものを見つけるため、すでにあるものに、強度を得るための模索です。
元に戻すのもひとつの模索だと思うので、ありだと思いますが、あれを場の持つ雰囲気を含め再現するのも難しい作業です。特にバックの壁など。
僕の見解では、札幌二回目は一回目の結果の直後、各セクションが底力で終わりのない作品に命を吹き込んでくれた、と思っています。それはこのチームの最大のウリですが、今求めようとしているのは作品力の向上だと思います。
僕の出した四つの提案は、どれも些細かもしれませんが、方向性のある表現なので、匂わす感じはおおきく変わると思います。
できること、できないこと含め、提案があれば、お待ちしています。
よろしくお願いします。
青木尚哉
2012年3月3日 20:11:27JST
カミイケ
変える為に変えようという事ではありません。
足りないから変えていこうという事です。
匂わす程度で良いならば僕の言う事はありません。
っで黙るつもりもありません。
現状として作品の強度というのは、音楽、美術、ダンス、衣装がそれぞれで良いと言われます。作品として評価されたのは僕は聞いた事がありません。
それを面と向かって言ってくれたのは坂本さんだけだったと思います。
「作品」として強度を出すには太鼓以降を一度リセットするぐらいでないと出ないという事だと僕は思っています。
なので匂わす程度で終われせるつもりで今考えてプランを出している訳ではありません。
今ある車を少し軽量化して、タイヤを変えて、二秒縮める事ではなく、タ ーボをつけてニトロを入れて一分縮めましょうという事を言っています。
足りないのは一分です。
無茶を言っているように聞こえるかもしれませんが、それが良い作品だと思っています。
よろしくお願いします。
2012年3月3日 23:09:24JST
青木
みなさまへ
カミイケさんとは電話してしまいたいという気持ちおおさえて、あえてメールで。
もうこれが記号的メッセージに思えてなりません。
メンバーみなさま、お付き合いください。
カミイケさんへ。
変えたいわけでないこと、了解していてありがとうござます。
僕が言葉の足下をとってしまったのなら詫びます。
で、さらにですが、匂いという物を侮らないで下さい。
臭覚は五感の五感の五分の一です。
匂いを利用した殺人兵器だって開発されてるんです。
すみません。半分は冗談です。半分真面目です。
坂本さんと話して、それは僕が一番へこんだと思いますよ。おそらく。
作品とは、何かという事について。
はじめから、中身があって、で、出会った人と共有してたどり着く、とか追い求めるとか。
それに比べて、僕はな~んにも中身がなくて、ただただあったのはそれはまさに臭覚で、この人たちと仕事したいっていう欲望しかなくて。
選んだだけですもんね。でも臭覚なんですよ。行けるって思ってたから、、、、。
でも、坂本さんとずっと話してね、それはカミイケさん風呂、上がった後かもしれないけど、二人で延々とね。
「俺は、俺は、」と人生をね。そうしたいのが坂本さんで、生き様で。だから思ったんですよ。
僕は僕のやり方でいいんだなって、思うしかないんですよね。
中身がなくても、素晴らしければいいんですよ。
ただ今回は、記号的メッセージで掘り合ってちゃってるんですよね。最終的に観客に仕掛けてた罠に自分がおっこっちゃってるんです。
それは、今回選んだメンツが引き起こした偶然と必然であると見てるんだけど。
だから、乗っちゃおうかと?進化とか、人類とか。
もちろん考えてないんですよ。ただ感じてるんですよね。比較的。
アーティスティックではなく。
凡人としてね。
僕の選んでる人は、なんか得体の知れない個人的な人たちなんです。
とりわけ反社会的ではないが、集団や群れが背後にないんです。おそらく。
カミイケさんのいう事、わからなくはないですが、どうでしょうか?
誰がニトロ持ってくるんですか?
ニトロつけた瞬間に車体が崩れたら、砂漠の真ん中でどうやって帰るんですか?
中身ないですけど舵取りとしては、自分含め一応5人の事を考えています。
その事を前置きさせて下さい。
見てる人の価値観を揺さぶるために必要なのは、強烈かつ個性的な価値観だと思いました。
そういう意味では作品は成功してる可能性もあります。評価が作品にふれないのは理解できないからではありませんか?
しかし否定もないから、かくカテゴリーの評価に繋がる。楽観的ではあるがそうもとれますよ。
なんで変える必要はないかも知れません。磨けば。
でもあえて変えることを模索をしているのは、たどり着いてしまったからですよ。おそらく。中身に。核心に。
そういう意味で、もう一度ききたいのが映像についてです。
映像は「確認」という事でしたが、誰が何を確認しているんですか?
そして、映像を切り替えるというのは、誰がどうして、しているのですか?
これはどちらも美術として持ち込まれた物ですから、ニトロとしての返答がほしいいです。
機械は「時間軸」という見解をうけて、僕は勝手に紙あり時間は過去。紙落ち以降は未来と見ています。
中身のない作品作りを通じて僕がいま一つだけ核心を得ているのは、今を感じるのは千に一つ。それを共有するには億に一つという稀であるという事です。
僕らは過去と未来で生きています。コンテンポラリーなんて、どうでもいいです。正直。バブルみたいなもんですよ、、、。
なので空回りは未来です。紙自体が何を示すのか?まったく不明です。二つの情報が混じり合っている事は客観的に万にひとつも受け取れません。
マシンの終わりは、時間軸の終わりは、すなわち無です。
途中止まる事はあっても作品中に止まって終われば、止まったところからは無。
解釈が極端、もしくは間違っていれば訂正して下さい。
以上、今日感じた事です。
怒っています。それをカミイケさんが引き出してくれているのなら、感謝します。
怒りとは、喜怒哀楽の四分の一。
青木
2012年3月4日 00:12:43JST
カミイケ
みなさまへ
では長くなりますがお付き合い下さい。
電話でもいいですが、全ての経緯をみんなが知っていた方が良いという事で青木さんもメールにしたと思うので僕もメールで返します。
>嗅覚が悪いという事ではないと思っています。
むしろ今回集まったメンバーは素晴らしいメンバーで、僕は青木さんのそういったところを尊敬しています。だからこそココまで突っ込んで話ができるし、まだ行けると僕は思うので
食い下がります。
無理だと思ったならココまで食い下がりません。
坂本さんが言っている事はそういう事でもないと僕は思います。
それは作品を作る経験を重ねないと分からない事で坂本さんはかなり厳しい条件で話していたと思います。ただ青木さんなら話したいと何か可能性を見ていたからだと思います。
そして青木さんは青木さんのやり 方で良いとも思います。ただ中身がなくて良いとは思わないで欲しいです。
青木さんの良い所はよく物事を考えれる事も有ると思うのでそれを投げ出す事はもったいないです。
>誰が?青木さんです。それが演出家の仕事です。
ただそれを青木さん一人でやって下さいと言っている訳ではありません。
みんな意見をその為に出し合っているのはその為ではないでしょうか?
青木さんがみんなの事を見てくれているのはよく分かります。本当に感謝しています。
そしてニトロつけて崩れないメンバーだと思っています 。
>辿り着いていないから、本来なら最初からあるべき事がないから今大きな問題として姿を現しているのだと思います。理解が出来なくても本当に 凄いものは凄いと言われます。美術作品だってそうです。そこで触れられないのはやはり足りないからです。
>ニトロというのは演出の事になります。
ハッキリと言いますが、美術を最初に作って良いと言ったのは青木さんです。
その上で限りある少ないコンセプトやテーマで作った訳です。
その作った際に言っていた「身体と精神の二つのズレ」で青木さんも納得していましたよね?映像が確認というのは「ズレを確認している状況」という青木さんの言葉からとりました。
なので青木さんだと思っています。
紙に関しては合っていると思います。
ただ美術をどう扱うかは青木さんが決めた事です。
映像を切る事も、僕は最初から違うと思いますと伝えました。
美術を音楽をどう生かすか?それは演出家ではないでしょうか?
シビアに言えば僕の仕事は空間を作る事です。あの空間では不満でしょうか?
世界観は足りていませんか?
>僕は以前青木さんに面白高という言葉を使いました。
まさしく今回の仕事は美術費もいくらかかかり予算には足りません。
一応正規の美術費っておそらく倍はかかります。
でもこのメンバーで仕事が出来る事は嬉しいです。
そしてこの作品も好きです。まさしく面白高で換算しておつりがきそうなぐらい良い仕事です。
そして最初に書きましたが、青木さんはよく考えるし、色々と気も回してくれます。
それは本当に感謝しています。
そこまで一緒にいけるのは人間としての魅力だと思います。
ゴマすりじゃないですよ。ゴマをするぐらいならココまでズケズケ言いませんし。その方が楽ですから。
良いも悪いも僕は最後ま で共に行きたいと思っています。
よろしくお願いします。
カミイケタクヤ
2012年3月4日 01:54:36JST
熊地
くまちです。
毎日劇場で、4_sokuに時間もまわせず、レスがあまりできなく。
現状、京都公演用の音響さんへの説明書作りもありで。
しかし、みんなのやり取りはチェックしています。
あまりしっかりと時間をまわせてなく、申し訳ないすが
俺個人の、京都/東京公演に向けての気持ちを書きます。
演出等の具体案などでは無いです。
カミイケさんの言っている
『やるなら大幅なトライ』的な事は、俺も同じような気持ちです。
『何か試す/変更する/勝負をかける/強度を求む』ならば、
細かい要素でなくて、かなり大きい部分、結構危険な挑戦じゃない?ぐらいな事をしたいなと。
俺は今までも、そういうやり方をしたくなっちゃうタイプです。(ノープランでも、、)
そのやり方で、隠れた物を浮き彫りにさせる事が結構あったからです。
カミイケさんも言うように、漠然と
『このチームならば、いけるんじゃないか?』
という、思いはあります。
しかし、
人それぞれ、トライの仕方は違うし、やり方、実験の仕方は違うのもわかります。
やってきてない手法を、無理にやる事はマイナスでしか無い事もあるので、
なおやさんが今その方法自体をも、模索している事わかります。
今回の企画を提出/プレゼンをして穫ってきた時点で、
なおやさんが今回の作品に対しての強烈な思い、情熱があるのは明確ですし、
このチームの頭です。
もの凄く信頼してるから、かなりガンガン言います、みんな(笑)
みんなからもそれが伝わります、とくにこのメンツは。
今回の伝えたい『メッセージ』、『思い』を、お客さんに悔いなく投げて終われたと思う事、
それを一番感じてほしいのは、なおやさんで
京都公演、投げ方、勝負の仕方、仕掛け方、は
なおやさんの最終決定に委ねます。
が、
俺も演出プラン、アイデア、変更に関して思った事は言いますし、ひたすら考えます。
みんなで議論して絞り出していきたいです。
今自分にできる事は、アイデア、ネタ、素材、を投げて
みんなに委ねる事です。
とりあえず今の気持ちです。
また連絡します。
2012年3月4日 02:34:12JST
山田
どうやら24時間会議ですね。
読む、ということで参加してました。大丈夫ですっ 笑
そして、ちょっくら寝ます。
すいません。
皆のパッション感じています。
今考えていることは
「痛みを伴う出来事からこそ、新しいものが生まれるのかもしれない」ということです。
なにかにひっかかれば。
おやすみなさい。
山田勇気
2012年3月4日 11:06:04JST
山田
クマチの言う通りだと思う。
ただ、尚哉さんの情熱がすこし下がっている時もあったと思う。
尚哉さん自身、倦怠期みたいな感じ、と言ってたし。
/それをカミイケさんが引き出してくれているのなら、感謝します。
って言葉が出るってことは、きっと尚哉さんも何となくわかってたんだと思う。
尚哉さんが怒りを燃やして今回の企画に応募したきっかけの舞台っていうのがあって、僕は実はそれに出演していました。
舞台後、見に来てくれた尚哉さんと仲間何人かと吉祥寺で呑んだんですが、そこには久しぶりに怒っていた尚哉さんがいた。
それはその作品とその演出家の言論に対する怒りでした。
たしかに言っていることと、実際に開きがあるような舞台だったとは思います。
ただその作品に関っていたものとして言っておきたいのは、そこには痛いぐらいの情熱があったということです。
賢くないかもしれないけど、僕はそれに身を投じました。
その否定として今回の尚哉さんの作品があるのであれば、このぐらいが普通、とも思います。
このまま走りましょう。
以下、具体案です。
・マシーン紙落ちで全電源落ち、その後、非常灯的なシステムの稼働
僕の中ではマシーンと紙は別の意味があるのではなく、マシーンには紙を流す能力がある、ということだと思います。
つまりマシーンは時間を流しているのではなく、時間の中に存在する登場人物であって、日常を記述しては吐き出す。マシーンが絶対的存在っていうよりか、人格的存在に見えてきました。
だから空回りは文字通りの空回り。
紙は私たちの生活の時間軸(暦、季節など)かと思います。
絶対的な時間軸ではなく、私たちがこのまま続くであろうと信じている日常の時間軸とすると、紙が切れて残された人のイメージが浮かびました。つまり紙切れ電源落ちで、私たちが想像していたほうの未来とは別の方向に進んでいたことに気づく。
12月の次に1月がこない、、春の後に夏が来ない、、など暗黙の了解が裏切られる。
落語なんかで上手前にある現在の出演者を書いた紙の立て看板みたいなものかと、それが白紙になる。
共立はいまぼくのなかで薄くなってきてます。
あたまとあたまのアーチが言えることはなんだろうと考えてます。
山田勇気
2012年3月4日 12:03:
青木
おはようございます。
みなさん、しっかり寝て下さい。
お願いします。
僕だけ、言い放ち、ぐっすり寝てしまいました、、、。
みなさんの叱咤激励のおかげで、コトリと動き始めました。
こういう方向はいかがでしょうか?
タイコのラストで、紙落ちです。
ここはつなぎの問題を無視して、話すとオープニング用に用意されたノイズと絡めたいです。
紙がおちたとたんに音抜けしてピーと耳鳴り。
カミイケさん、
今回の美術の作り出す世界観にかんし、僕は満足しています。しきってしまうのが僕の短所ですが。
その上で、この前無音で作品の映像を見ていた時に、勇気が去った後の1分くらいマシンが続く時の部分は、
映像の内容にすごく視覚が集まるので、もう少し情報が入り乱れている感じが紙の内容に欲しいと思いました。
で、その後は未来です。
暗闇で何かを確認し始めるというのは、いいと思います。
特にマシンの裏側は見せたいです。
可能なら台座を可働できるようにして反転できたり移動できたりすると面白いです。
そうするうちにだんだんと舞台全体を明るくしていきます。
余談ですが、暗闇で目が慣れるとはどういう事でしょうか?
状況は変わらず、身体が状況に合わせ変化するという事だと思います。
そんなイメージである程度の明かるさまで持っていったら、その後明かりの変化は使わず、すべては赤裸裸に。
台座を含む、舞台上にあるものを移動して空間の再構築を始めます。
これはインプロ的でも良いか、その配置も作り上げた方が良いか相談です。
インプロにしても、プランはあって、まず結界を使って小さな囲いを作ります。
これは引きずりかもしれませんが、スクエアの中でこれまで僕が感じてきた自分という枠です。
最初あった空間は失われ、新たに用意されたのは更に小さくなった空間という変化です。
それからカメラと映像を使い、視点のの裏切りをしていく。
カメラを持つ人と、スイッチャーカミイケさんとのやり取り。
内容にかんしてはプランは今はまだ乏しいですが、いくつか出します。
・背後からのの映像(客席とか、自分とか)
・カメラアングルの変化。例えば先にすり替えられた映像のがライブで捉えられるようにカメラを持つ人間が移動しなければ行けないというインプロ。
・町にあふれる監視カメラ
・手や足のライブ映像にクロスして、更に手や足の映像を混ぜて8足。
・完全に顔なし(方法は未)と顔が古文書に埋め尽くされた人。
他になにかあれば、出して下さい。
取り留めのない作業のような行為に没頭している光景がつづき、最後はマシンの急停止でカットオフ。
マシン、やはり、ガタンという止まりかたが理想ですよね。セットしていたときみたいな。
今から藤原さん頼めるでしょうか?
細部、方法論については漠然としていますが、こんな感じはどうでしょうか?
要約すると、
絶頂=現代(入り乱れる情報と大量という飽和)
紙落ち=ブレーキ (突然失われる)
再構築(殺伐とした背景。迷い彷徨う意思、ひどく惨めに見えるのか、たくましく見えるのか?)
停止=無(突き放し、なのか救いなのか、ブレーキやっときき、完全停止)
どうだろうか?
書いてる途中、勇気メールくれました。
図星です。
共立、今は薄まってますね、、。
申し少し、考えて、みんなに何を準備してもらうか指示を出します。
カミイケさん映像のシャッターは全編を通し、できるだけ使わない方向で、行きましょう。
面白高、今年の流行語大賞に出しましょうか、、!
青木
2012年3月4日 23:49:03JST
熊地
メール読んで、フラッシュバックのように浮かんだイメージ、アイデアです。
とりあえず書いときます。
タイコからの強制アウト後の時間が未来、
そうだとしたら、
その事を強烈に伝える事が重要な気がします。
俺としては、紙が落ちた瞬間から『未来』ってよりか
『まさに今』『この瞬間から〜』ってイメージが強いです。
さあ
今こういう状況、これからどうするの?みたいなメッセージの突きつけ方かなと。
個人的には。
山ちゃんの言う、
>マシーン紙落ちで全電源落ち、その後、非常灯的なシステムの稼働
>12月の次に1月がこない、、春の後に夏が来ない、、
俺もこれぐらいの衝撃、投げつけられたような展開でもいいのかもと。
タイコの後の世界が、
・マシーン紙落ちで全電源落ち、その後、非常灯的なシステムの稼働
そんな状況ならば、
暗がりの中唯一のカメラの灯りのみ、
今の状況をカメラで写すのみ、
マシンの空回りしっぱなし、
そんな状況で、2人は段取り無し、もしくはあるルールだけのインプロとか、
そんなイメージも良いと思います。
仮に今そんな状況だとして、音のアイデアを言うと
ナオヤさんの書いた
>ここはつなぎの問題を無視して、話すとオープニング用に用意されたノイズと絡めたいです。
紙がおちたとたんに音抜けしてピーと耳鳴り。
こんな急展開をするなら、現状の曲のハウリング的『ピー』って音よりか、
深夜の民放TVみてて、放送時間が終わった瞬間にカラーバー映像に切り替わった、
ぐらいの『ピー』とか。(言ってる事、伝わってるかな?笑)
音としてものすごい不快で、嫌なくらいの。
TVでいう、放送事故の時ですね。
ノイズ、轟音みたいな要素は、タイコラストの爆音の後にきても
逆にあまり衝撃はないかなと。タイコシーンでお客の耳が慣れちゃってるのもあり。
この辺のアイデア、明日音でイメージを作りますよ。
で、UPします。
タイコが切れた瞬間からのイメージを音だけで再現してみます。
参考になれば。
あと音以外で、漠然と思ったアイデアなのです。
かなりエグイ?反則的なプラン言います。
映像のイメージですが、
急展開の後に映る映像は、現状が映されてる生カメラ、
そこにかぶさるか?カットインで入ってくる
『鳥取公演の4_soku』の映像とか。特に4_sokuシーンのよりで映してたアングルカットとか。
この方向は、皮肉?自虐的?なニュアンスがでないかなと。
作った自分たちで、
『さっきまで綺麗な事、いい感じな事をやってましたけど、それは途切れました、今。』
『自作自演のフィクションから、今はノンフィクションです』みたいな。
イメージとして言いたいのは、
『今さっきまでの5分、今の1秒、それももう過去』
そんな事が突きつけられた、ってくらいの強度がほしいなと。
すいませんイメージだけです。
もう一つ、今あるタイコ後のイメージならば、
共立はどうなのか?って俺も思います。
2012年3月5日 00:22:46JST
カミイケ
とりあえず、現時点でみんなの意見をまとめると、
太鼓終わりで紙落ちして、強制電源落ち(照明、音)映像は照明が落ちると暗くなるので、黒枠が残っても良いかなとは思います。
間があって、非常等発電。
カメラシーン
ココで美術を再構築の案は面白いのですが、尾崎さんとの相談になります。
マシーンや集音、照明のケーブルが大量に付いているので難しいとは思います。
そこから後が問題ですね。
二人が(又は片方が)四足でインプロをするとういうのはいかがでしょうか?
その時にカメラはその人を映していて、時々aeのサブリミナルが入る。これは故障している為に現れる元素と現れるイメージです。PCでいう0と1みたいな意味です。
その映像と共に 熊地さんのいう放送終了音が入ってきて・・・
ここまで想像できますが、最後がまだ浮かびません。
浮かび次第メールします。
青木さん
色々と配慮ありがとうございます。
映像に関しては太鼓までは今まで通りいきましょう。
無い部分は伊藤さんも無いという事で照明を作ってきてくれたし、僕も最初のイメージとは違いますが、今の形も良いと思っています。
僕らは違うと思えば違うと言います。それを言い合えるのが良い事です。
太鼓までを誰も変えようとは言っていません。
青木さんを頭に演出家として作ってきて納得できています。
昨日のメールで掘り返しましたし、言い過ぎましたが、それは美術に対しての話が出たからで今納得できていない訳ではありません。 すみません。
面白高は青木流行語大賞として何か下さい(笑
2012年3月5日 11:04:11JST
山田
ラスト、4足インプロとaeのイメージ、カメラ明かりとカメラ映像(映像は様々)音は放送終了音、いいと思います。
ただあんまり不快な音過ぎるとどうかとも思って。気分が落ち着かない音っていうか、耳障りすぎるのではなく。
プラス音楽的にaとeの同時発音を入れるとかおもしろくないですか?
英語の発音記号ですが
の発音の要領
「ア」 と 「エ」 を同時に言う感じで 「ア」 と言う。
みたいな(笑)しっかりとした発音で。機械の言葉みたいなデジタル音声でもいいかも。
既にない発音がいいから、「エー」と「イー」を同時に言う感じ、がいいと思います。
ラストのラスト
結界から獣を放つ、そんなイメージが浮かびました。たぶん尚哉さんが「4足獣」
犬逃げたっ!!です。
自由と恐怖と喜びと危険と、前にも言った、魚が水面から飛び出すような生命の叫び、って感じです。
共立の美しいイメージ、というのは、内にひそむ「獣」の悲しい叫びに聴こえてきました。
一人取り残されて、共立を映像で映すっていうのもありだとおもいます。
山田
2012年3月5日 12:30:44JST
青木
いろいろ、具体案でてきてますね。
どれも魅力的に思います。
犬ですが、、
勇気が冗談でいってましたが、本物の犬を連れてきてつないでおくというのは、実現可能ですかね。
それくらいすると、インプロの信憑性は高くなると思うのですが。
すみません、一応、いってみました。
ラストのイメージとして、共立にかわるものとして、放置、置き去り、時間切れなどと考えています。
勇気の言う叫びは入れたいですが、それもラストの候補になるのか?
今日、夕方、くまちに荷物うけわたしのため、会う予定です。
2012年3月5日 12:45:12JST
山田
本物の犬に、今は勝てる気がしません。。
空間だけでなく、身体は最後どうあったらいいのかも、考えたいですね。
尚哉さんは創って出てるから、そこに自分がどういたらおもしろいか、が決まってくればいいと思います。
僕の意見だと、尚哉さんは身体的なことに没頭しているほうがいいと思います。
明日は一緒で。
2012年3月5日 15:50:08JST
山田
勇気の言う叫びは入れたいですが、それもラストの候補になるのか?
叫び、というのは実際の叫びではなくて
人の心の中にいる凶暴性「獣」が「共立」の夢を見て叫んでいる、といった内的なイメージです。
「獣」が客席に放たれて、共立の映像がうつり、一人は結界に取り残されている。
その全体が、完全な理性を夢見る「獣」の悲しい叫びのように見えないかな、と。
身体と頭が最後離ればなれになってしまった後の、フラッシュバックとしての「共立」
ってae映像の実写版ですね。
勇気
2012年3月5日 15:57:39JST
熊地
仮ですが、音だけのタイコ後の世界/イメージです。
以下から
山ちゃんのアイデア良いと思ったんで、
言葉の重ね試してみました。(エー/イー、機械ボイス)
やった結果、あまりよくわからないないです(笑)。
が、音的には瞬間的な入れ方、悪くなくいいなと。
随所で瞬間的に入れたりしてみてます。
イメージとしてわかりやすいよう、鳥取の映像のタイコのラスト音声から始まります。
で、
紙が切れたと想定して、
タイコ音楽ぶつ切り、
放送禁止音に切り替わります。
1分くらい鳴り続ける。
(山ちゃんが言うように、こういう音はあまり大きい音でなく、若干。そんで、1分くらいが限界ですね。ずっとならすと本当に舞台に集中できなくなりますね。)
瞬間的に途切れ始めます。(実際の非常警報等のイメージです。なんか不安定な鳴り方するんで。)
これは青木さんがカメラの非常灯を準備し始めたイメージでもあります。
青木さんが、カメラ非常灯を付けたら音カットアウトとか。
無音が続きます。(漠然と残された、急にゼロにされたイメージです。)
非常ラジオのように、不安定に音の断片が入ってきたりします。
その中に、今までの過去の記憶のように
4_soku の音源の断片が混じっています。
で、徐々に暴走〜
ノイズに巻き込まれていき〜
ブラックアウト〜
みたいな。
音だけのイメージです。
もしインプロやるならば、俺が編集したノイズの断片のように
大久保さんに即興で、ノイズ音をカットイン/カットアウトで遊んでもらうとか?。
とりあえずのアイデアです。
2012年3月5日 17:15:49JST
青木
みなさま、みずのさま
犬の件です。
自作自演中のインプロの信憑性について、自分自身へのつぶやきでした。
なるほど、ツイッターってこういう事なんですね。返答えがくるって素晴らしいですね。みずのさん、ありがとうございます。
ブログについて、
ネットカルチャーについて、日の浅い僕は、いまいちブログやツイッターに距離をとってしまっています。
整理されないままの情報が大量に流れ、ノイズとして処理され、伝わるべきことが隠されていく気がしてしまうので。なんかガンコじじいみたいですが。
今デメリットとして思うのは、二点あって、作品をサラでみたい観客についての内容の流出と、もう一つは京都までは僕らには、このメールトークが重要な役割をもっていて、それが公開を機に違った側面をもってしまうことです。やりづらくなってしまわないか?
今から、熊地にあうので意見を聞いて
また連絡いたします。すみません。
もう少しお待ちください。
青木尚哉
2012年3月5日 18:05:37JST
熊地
時間にすきあらば書きこみます。
さっきカミイケさんと話しました。
今の俺プランは
タイコまで、しっかり今までどうりです。
タイコから送った音源みたいに異変がおきます。ピーとかブーとか?
カメラライトのタイミングで鳴り止みます。
そこからは無音です。
生音マシン空回りは続きます。
なおやカメラシーン
マシンや、そこにいる山ちゃんを撮影
事実確認のように。
山ちゃん、
最初と一緒のマシンに座っている状態。
ここからの2人
2人は劇中だった存在ではなくて
もう素の2人っていうか。
インプロとかセッションやる時の、
気持ちの持ち方みたいな?
事実確認をしたのち、
ふたりが初めるのはやりかし抜きの
打ち合わせのようなダンス。
振り付けがあってもいいです。
その時に、映像が断片的に入ります。
札幌のオペラから共立までの映像。
用は、今のチームの様
解体〜再生の事実を見せてしまうような
演出ですね。
この時、音はノイズとかなくていいかも。
冷淡、冷たい感じの場の雰囲気を作りたく。
って、またメールします。
2012年3月5日 20:47:08JST
カミイケ
熊地さんと話したので要件は大体熊地さんの言う通りで、終わらせ方を考えています。
前に熊地さんの書いていた、今までの公演の映像を流して二人がなにもせずに立ったままフェードアウトでいかがですか?
メールの公開は僕は水野さんと同じ意見と、アウトリーチとしても有効かなと思います。
札幌で追加公演に二つ返事をしなかった青木さんは偉いなと思いましたが、それを見習っても今回はマイナスはないと僕も思います。
内容も大事かもしれませんが、内容は別としてこれだけ深く突っ込める事もそうそうありません。
多分見るのは関係者と僕達の作品を観てよほど気に入った人が大半だと思いますが。
決断はお任せします。
2012年3月5日 21:36:07JST
熊地
今の方向性で、状況が変化した後の二人はどうするか?
どうなったのか?
これはすごく重要ですわな。
山ちゃんの意見
>僕の意見だと、尚哉さんは身体的なことに没頭しているほうがいいと思います。
俺もなんかそんな感じします。
なおやさんのタイプ/キャラ的にも、身体的に没頭している方が自然になれるような。今回のツアーで、なおやさんについてわかってきました(笑)
で、どうするかイメージはまだ、、。
それか、本当に全く何もしないとか。
2012年3月5日 23:38:23JST
青木
みなさまへ
みなさまが、青木尚哉のついての理解が深まり、光栄な状況が続いています。
多くの問題を抱えながら、明日京都に乗り込みます。
討論、作業の解禁です。うおおおお!!
とにかく明日に備えます。
以上。

03.19

おつかれさまでした。

東京最終公演が終了しました。

打ち上げを終えて、家に戻ると、すぐに眠りにおちました。

でも、目覚める寸前には昨日までと同じように、新たな変更事項とそれを修正するためのリハーサルの段取りをうなされるように考え巡っていました。頭の中で「ああ、今日はもうないんだな」と気がつきながらもその思考をやめる事ができず、無理矢理起き上がる事にしました。

月並みな言葉ですが、今回のメンバー、スタッフ、共に時間を過ごした共演チームのみなさんに感謝いたします。

終わってみれば、、、の話ですが、当初の予定では僕はメンバーの素晴らしさをみなさんに紹介したい。そのためのきかっけになれればなどと思っていましたが、結局は僕の素晴らしさをメンバー、スタッフ全員が必死に後押ししてくれているという事態になっていました。本当に感謝しています。

僕はこの企画を通して、作品ってなんだろうという根本的な事になやんでしまいました。そしてこれはしばらく続きそうです。

創作過程や、作品の感想などで、「考え過ぎだ!!」という言葉をたくさんいただきましたが、考える事はやまないので、考えることのではないことを、反対の天秤に積み重ねていきたいと思います。

今後とも、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

青木尚哉


02.29

舞台美術のカミイケです。

鳥取の鳥の劇場でレジデンスをおこない、札幌、仙台、鳥取と公演を終えました。
鳥の劇場の方々には素晴らしい環境を与えていただき、札幌、仙台の劇場、制作関係者に本当に感謝の気持ちで一杯です。

肝心な「作品」の現状はというと、正直、あと一歩足りない。一歩だけど大きな一歩で、足りない事自体は分かっているけど、埋め方が分からない。という状況。

「作品」とは、僕たちのチームで言えばダンスと音楽と美術と衣装をひっくるめた事で、僕は仙台から足りないと思っていて、話し合うも足りない部分は埋まらず。

札幌の時は見えてなかったのか、思わなかったのか、気付けなかったのか分か らないけど 今はそう思う。

そんな時に鳥取公演後、鳥の劇場で打ち上げをして、ホテルに帰って、坂本さんや僕たちのチームで部屋飲みしながら互いの「作品」についての討論が始まった。
舞台の世界には絵に描いたようなありがちな状況だったけど、最近見かけなくなった景色だとも思う。

坂本さんは「じゃあ喧嘩売らせてもらいますけどね」から始まる言葉に、「いいですよ」と受ける青木さん。録画を何故しなかったのかと後悔したほど良い景色だった。

「ほんとうの対決というのは、自分を相手にぶつけ、相手も自分にぶつかってきて、お互いがそれによって、活きることが対決なんだよ」と岡本太郎も言っていたけど、そのままだった。

それはとても泥臭い事で暑苦しいと思われるか もしれないけ ど、「作品」とはそういうもので出来ていると思っている。

坂本さんと対決できた事は僕たちにとって大きな出来事で、初心を思い出し、熱くさせてもらえた。

今はギリギリまで意見を出し合いつつ考えていき、必ず足りないものを埋めて、京都に持ってこうと思い作業を進めている。


01.14

追加公演!!!

11日より、札幌に来ています。3日間のあわただしい作業が終わり、徐々に初演が近づいてきます。

そんな中、青木チームは本日朝一番で劇場での作業時間をいただきました。そして午前中で撤収。お昼前に、劇場作業は終わり、後は夜のゲネプロで、、。

ということで、ぽっかりと時間が空いてしまいました。今日の分の仕込みが終えてしまうと、演出は手が付けられなくなり、(ここでいろいろすると、全員の共通認識がずれるので)実質的な作業がなく、宙ぶらりんな感覚になりました。

とりあえず、音楽の熊地さんを誘いおそばを食べてホテルに帰ると、あまり寝れていない事に気がつき、寝る事に。予想に反しすごく良く眠れ、起き上がった今、思い出したようにブログを書き込んでいます。

初演の地、札幌コンカリーニョさんでは、予定していた時間の公演がチケットが完売になり、追加公演が決定したとの事です。2回できる!! 感謝いたします。夜の追加公演は19時半の開演で、まだまだ余裕はあるようです。もしこれを見ていただいた方、ぜひお越し下さい。また、昼のチケットをお持ちの方で、夜の時間へ振替の変えの可能な方は移動していいただく事もできるそうです。その場合は、ご連絡いただけると助かるようです。よろしくお願いいたします。

初演前日。


12.15

感想文

鳥取レジデンスの最後の公開ランスルーを見にきていただきました、地元のダンスグループで出演するみきさん、より丁寧な感想文が届きました。前回のワークインプログレスの時に引き続き、感受性豊かな講評を文章にていいただきましたので、公開させていただきます。感想文を読むと、こちらの意図する以上に先回りしてもらい感謝しつつも、もっと革新的な提示を与えなければ伝わらないなど反省も見ててきます。

ともあれ、作品はまだまだ、変容を進めています。各、公演地で多くの人に見ていただきたく思います。ブログご覧の方、よろしくお願いいたします。

「4….soku」に寄せて

「4….soku」は青木尚哉さん演出で、青木尚哉さんと山田勇気さんの二人での振付、出演となる。2012年2月26日に「鳥の劇場」で上演を予定されていますが、鳥取市鹿野町で作成中の「4….soku」を見せていただきましたので、その感想を寄せます。

舞台裏から、4本足の怪物が現れる。何かの因縁に取りつかれたような怪物で、ゆっくりと手足が絡み合って這い出した。2体の人間の体が絡まって、動いているのだが、ギリシャ神話に出てきそうな怪物であった。人間が2本足で歩き始めたのは何時ごろからだろうか。100万年前からだろうか。

前衛的なジャズのような音楽の中で、絡み合って動く2つの体が一つとなっている。

プリンターが動き始める。新聞紙や情報が満載された紙が打ち出されていく。

その中に「walk」の文字が見え、機械は止まる。

たが、「walk」は本当に「walk」であったのか。「wolk」でなかったか。うまく錯覚させられている。演出家は意図的に錯覚させようとしている。現代社会の情報の錯綜をみせて、現代社会を減退社会にしているのではないかと。人間は2本の足で立ちあがり、生活を豊かにし、文明を作った。しかし、本来は4本足の動物で、その行動や思考は動物のままであることを示唆している。

山田さんのソロのダンスがある。リズムを刻むように、ゆっくりの下半身から腰へ振動させている。下半身の振動が上半身へ伝わる。大地の震動が波動となって踊りが始まる。そして、機械が映し出していたスクリーンへ消えていく。消えていくというよりは機械の中に吸い込まれるイメージを作り出している。

その中に「walk」の文字が見え、機械はまた止まる。

死体となったように転がる1つの体がある。しかし、死んではいない。疲れ切った体の中で、「はっ」「はっ」と深い息が体の奥から出る。静かな、薄暗い空間に動き始める指がある。ゆっくりと腕が上がっていく。動き出した足がある。

その時に、僕の頭の中に徳永英明の「壊れかけのRadio」のメロディが流れた。「思春期に少年から大人にかわる 道を探していた汚れもないままに

飾られた 行き場のない 押し寄せる人並みに 本当の幸せ教えてよ」

後半、2人のダンサーが立ち上がって、対象へそして非対称となって踊る。2つの頭をつけあって、そこを中心にして、腕が、足が対象となる。動きが一致して、生きている鏡を見ているようだ。2人の息がみえるようだ。

二人の体が前後して重なり合う。二人が立っていて、4本の足がきちんとあった。進化した人間の姿をきちんとみせてくれている。


12.12

 21日目

鳥取レジデンス、終了です。

どちらさまも、お疲れさまでした。いろいろ、ありがとうございました。

もちろんこの後も、まずは札幌での再開ポイントを目指し、各作業を進めたいと思います。

ラストリハーサルは、ランスルーはやらない予定にして、もう一度始めから。

昨日までの履歴と、にらめっこをしながら、さらいつつ、変えつつ、記録しながら進める。最後にランスルーがないのが良かったのか、たくさんのアイディアがさらに飛び出した。見せる、見られる、創るという意識もまた、時として心身を強張らせるのであろう。本番のとき、、も、またそうか。その瞬間に起きている事を大切にしながらも、踏み外さず、また同時に進み続けること。今後も課題になりそうです。

最後はスタジオを隅々まで清掃。何もが起こる前の、何もない空間に戻す。21日間ありがとう。

鳥取、鹿野、鳥の劇場、スタジオ、のココ。に、僕がいました。

明日から東京に戻る。慌ただしさのなか、自分を取り巻く壁が見えなくなったら、またこの場所にとんできたい。バーチャル体験ではない。この身体にきざんだ履歴の連なりをたどって、、。

鳥の劇場さま、ありがとうございました。

今日でレジデンス日誌は終わりです。クリエーションは続きますが、いったん終了。

毎日書くというタスクをはずし、書きたい時に書くことにします。それはいつになるのか、、。

以外と癖で書いてしまいそうなきもしている、、が、、、。

また今度。


12.11

20日目

あー、レジデンスが終わってしまう。

明日まで。もちろんこの後ず〜と作業はやり続けるのだけれど、、。

朝のトレーニングで、こちらに来てからの期間身体の感覚が間違いなく深化している事がわかる。

今日は最後のランスルーでした。

昼間は美術と出来事のつながりをはっきりさせていくためのにカミイケさん中心の作業をする。今日の夜の通しではいろいろなテクニカルの面が追いついてこないが実際に劇場ですべてがそろってできるときが待ち遠しくなってきている。

午後5時にランスルーがスタートした。今回は4日に中間発表を見にきてくれた方がもう一度見にきてくれた。終わってみてのご意見は、重くなった、濃くなった。その他にもたくさんいただきましたが、そう言っていただけた。内容に対してに方向性が見えてきたため実はかなりごっそり要素を抜いたのがよく出たようだった。切り取る作業は必要ではあるがなかなかしんどい想いがある。しかし、あったことすべてがこの作品を作り上げたわけでそれらはけして必要なかったわけではない。ただ見えないようにしただけだ。何かを見せるために。だから大丈夫。

今日でカミイケさんとお別れです。次は札幌で。お願いします。

明日は山田さんと二人だけで最後のリハーサルをいたします。

また明日。レジデンスラストデイ。


12.10

19日目

劇中劇ならぬダンス中ダンスとは、なんだろうか?

劇中劇とは劇の中で劇をしている。

創りごとのなかで、創りごとをしている人たち。ウソの上塗り。ウソの強化。

はたまた、ウソのウソはホントなのか?

ウソを信じるというウソをつき、その人がまたウソを考える。でまた信じる、、。

無限のループ。昔、家にあった三面鏡を閉じる時に見える自分の顔で遊んだ事を思い出す。

みんなもやっていたのかな、、?たくさん自分が写ってくる遊び。

ダンスではどうなのか?

ダンス中ダンス。ダンス作品の最中におきるダンス。いわゆる劇中劇と同じ発想でいいのかな。

なんか、違う事もありそうだし、、、  ひらめかない ヒラメかない ヒラメカナイ。

あっ、片仮名だとひらめかなくても良い気がしてしまう。

いやだめだろう、、と一人で突っ込み、、。

気をとりなおし、、とにかくできる作業を進める。まだまだやななければならないことはたくさんあるのだ。

また明日。


12.09

18日目

昨日に引き続き、テクニカルスタッフとの打ち合わせ。

昨日夜のランスルー後、「どう見えたいか」という見地から技術効果について話してもらった。

今日はその事を含め、朝もう一度ランスルーを見てもらった。

そしてお昼にはテクニカルスタッフが帰っていった。ありがとうございました。

僕らも昼食に出る。昨日合流したばかりのカミイケさんと、作品内の事物の在り方について少しばかり違和感ができていてその話をする。山田さんも加わり、かなり真剣に言葉の繋がらないムードになってしまった。煮詰まり状態なのか、、、。

今回は始めに台本が出来上がっているような内容ではなく、自分の大好きなものを集めて組み立てていくやり方をしている。この段階に来てわずかな事でもバランスを失い、大好きだったものがそうではないものに変化してしまうのだと知る。バランスかタイミングか。どこかにスキマがある気がする、、。ギシギシ。

また明日。


12.08

17日目

午前中、まず山田さんの振付シーンの練習をする。

もともとは音楽がない状態で振り付けた動きを、ある音楽にのせていく。その後、また音楽無しで踊ってみる。つい最近、僕も別のリハーサルで違う人にやってもらたばかりだったが、久しぶりに踊る方で試されてみると、いろいろな事がわかった。

まず、「動きだけ」のときはとにかく身体の制御が細かく認識されていく。そこに「音楽」が加わるとスピードやタイミングが重要になり、まずはとにかく合わせにいく。だいたいその寸法に収まったところに、音楽の効果をぬく。音楽は時に支えや増幅になるし、拘束にもなる。はずしてみるとたちまちに音楽の中では、やりたくてもできなかった細かい処理や伸び、ため、解放が身体に導びかれ現れる。

終わってみての感想は、最後にしたすべての事を音楽と共にやりたいと言う事だった。いろいろな身体表現や舞踊ががあるうちの、その部分が小さくも何もないただの『舞』に繋がる道筋ではないかと、、。こう感じるのは、僕がもともとジャズダンスからはじめ、曲で踊る事が多かったからかもしれないが、、、。

充実した昼のリハーサルを終えて、夕方からは美術のカミイケさんとテクニカルスタッフさんが合流してくれました。テクニカルのチームは明日まで滞在です。今日は現状を説明した後、ランスルーを見てもらいました。いろんなものを削ぎ取った割にタイムは34分と徐々に何かが決まりかけている様子、、、。明日も朝一、もう一度見てもらえるという事で解散。

また明日。


12.07

16日目

一日休んでの、再開!!

中間発表で、客観的な意見をもらい、徐々に絞り込めてきた。

1、強度

2、フィクション

3、美術との関わりかた

どれも、ないわけではないが曖昧だったり、やりきれていない感はあった。

というか、やはりバレるのだなと。自分自身も気付いていなかったけれど、後回しにしていた部分はもろに指摘が命中していた。明日は、美術のカミイケさんが戻ってくるのと、ツアーのテクニカルスタッフが下見に来てくれる日。今日はもう一度じっくりと身体でできる事をやり込んで、強度を高めようとする。

自分が感じている事や、考えた事を「どうせ伝わらない」とか「もしかして、個人的な妄想?」と、あきらめてしまわない。複雑にしすぎる事をあきらめない。ぐるっと一周すれば、きっとシンプルになるはずだから。信じる。

落ち着いた時間と、静けさが本当に贅沢な思考状況を作ってくれています。

仕上げてしまいたいと焦る気持ちを、おしころして。

また、明日。

縁の下の力持ちたち

12.05

14日目

緊張の中間発表の日です。

およそ20名位の方に見ていただきました。鳥の劇場の方。今、ゲスト俳優で滞在している方、鳥取の地元の方数名です。まず最初は、音楽、美術の現在の進行状況を説明。美術と照明効果はいっさいなし。その後、通してを見てもらいました。昨日の時点ですでに変更したい箇所もありましたが、とりあえずはもう一度やってみることにしました。終わってみれば、昨日よりは良い感じにできたと感じました。

ここからがこの企画本番で、見ていただいた方と感想だけでなく、作品の内容や、見せかた、問題点などを話し合うという段階に移ります。司会と進行をみずのさんがやりました。みずのさんはこういったトークセッッションをたくさんしているようで、時間が長くなりすぎたり、話の論点が不在になったりしないように取り仕切ってくれます。名前を忘れてしまいましたが、これには誰かが開発した方式があるとの事でした。最初のうち、やわらかいムードから入り、瞬く間に核心に近づいて、問題点をえぐり出して行きました。

数日前に、「壁は見あたらない」と書きましたがそれは壁がみつからないという事だったんだな。

ぐるっと一周。僕を取り巻いた壁が、やっと姿を現した。その壁にわずかにスキマがあるような、、。ここを掘り進めてみていいものだろうか、、、。

今日見ていただいた方、みずのさん、JCDN、鳥の劇場ありがとうございました。後半戦もよろしくお願いいたします。余談ですが山田さんが、つぶやきました。「これ、スゴイいい企画ですね。」と。僕もそう思いました。

明日はオフにします。


12.04

13日目

今日は、始めた他者の目の入る初めてのランスルー。やはり緊張します。

夕方五時に、みずのさんが来ました。最初に鳥取でのレジデンス生活と、作品についてのインタビューをしました。作品については、話をすればするほど、明確になって行く思考部分と、ああ曖昧なんだなと思う箇所が自ずと分かれていきます。そして明確な中にも、はっきりと言葉として伝えられない部分や、あえて伝えたくない部分も出てくる。この辺なんだろうなー鍵は、と話しながら思いました。

みずのさんに一時間待っていただき、七時ランスルー。ランタイムは昨日より縮まり37分。

そのあと、いろいろ講評をいただいた。ひとつに情報の多さと整理されていない事からの不可解さを指摘されたと思う。昨日から、明日の中間発表用にスムーズに通せるように変更したのをあだになった感もあった。そして、もっと新しいダンスを、、、と。

帰って、ダンサー山田さんと談義が続きます。昨日と同じ楽しいひと時ですが、ほろ苦さも加わります。自分の心配していたダンサー青木よりも、演出青木の方が大分歩み遅いこと気付いた一夜です。

とりあえず、明日はこのままに、、、。中間発表バージョンとして、ラストのランスルーです。

また明日。


12.03

12日目

最初のランスルー。

明後日に行われる、ワークインプログレス(中間発表、トーク)に向けて、衣装、照明をはぶいたバージョンを通して稽古してみた。

出来事の連なりは、一点をのぞき、まずまずの感触があったように思う。時間においてもまあ大方そんなものかと思われた。急がしすぎず、ゆっくりすぎない。客観的ではあるけど、相方山田さんは、何か一貫した流れを見つけていたように思う。

自分の方は、なかなかダンサーだけをしていたときのように、内側から作品をまだ見れていないように感じる。集中の仕方に偏りがある。なるべくたくさん通し稽古をして履歴をためよう。

夜、居酒屋「さくら」。山田さんとランスルー、作品についてわいわい。一番楽しいひと時。止まらない話、、、

また明日。


12.02

11日目

昨日に引き続き雨。やまない雨。丸2日、降り続け、明日にはやむのだろうか?

ワークは順調です。壁らしきものは見あたらない。ひたすら作業を前に進めます。

昨日からシエスタ制度をとりいれて、11時から15時までと17時から20時までの二部制のワーク時間にしています。朝一のトレーニングされた身体をできるだけ長く使い、その後ランチ。長めに休んで家に戻ったり散歩したり好きなことができるようにします。夕方戻って、もう一度身体の立て直しから始める。といったパターンです。精神的にはつらいけど、身体は少しフレッシュになるはず。

今日は徹底して、身体ワークショップ。作品を一時はなれ、始めからもう一度。知らなかったこと、知ってたこと、知っているはずだったこと、とにかくもう一度やってみる。今やれば、また違うかもというワクワク。やっぱりそうかのナットク。ウワー、間違えてたのゴカイ。もうヤメようかのゼツボウ。もっと変われるのキボウ。身体って、本当に面白いです。

最後に、作品の確認をして、8時終了。

また明日。


12.01

10日目

パン一心庵

『あたりまえのことを、びっくりするくらいちゃんとやる』

今日の朝、パン屋さんで見つけた言葉です。鳥の劇場近くの路地にある「パン一心庵」。

できそうで、できないな、と思いました。とってもおいしいパンを買いました。

今日は、4日に行われるワークインプログレスに向けて構成の細かいところをつめていきました。

構成ができたので、今度はスタジオを横使いにして、ステージの実寸をイメージします。途中、雨が降り始めこの日は結局一日中、降り続けました。

夜、久しぶりに外食。「アイガー」という一風変わった建物のお店でした。ボリューム満点の噂通り、注文した、しょうが焼き定食はビックサイズでした。付けそなえの野菜も山盛りで、久しぶりに野菜をたくさん食べた気がしました。そろそろ演出の側の立場からダンサーの立場に切り替えようと思います。頭をからにして、作ったものやってみる。そんな時間がきている気がする。

また明日。


11.30

9日目

ブログの初心者です。

今日になって、毎日毎日同じ日のページに書き込んでいることにやっと気付きました。

新規更新というクリックがあるのですね。なんか毎回めんどうな感はあったのですが、シロートって怖いですね。せっせとむなしい作業を続けてました。

気を取り直し、9日目。(うう、9日間も、、、)

はかどっています。歩みは遅いですが、、、。

山田さんは素晴らしいです。こちらが曖昧であれば、すぐさま曖昧なリアクションが帰って来ます。果たして今行っていることはなんなのか?いや、わからない。として、その先に理想があるのか?ないのか?ありがたいです。真剣です。そして、ふざけたくなります。ふざけます。必然的に。かなり、盛り上がります。真剣にやってみます。かなり盛り下がります、、、、。いや、大丈夫かな。

郵便が届く。音楽担当熊地さんから。録音の機材。三足のかわいい子が来ました。早速、遊びます。

新しい機械が大好きです。話し合います。フムフム。そうなんだ。じゃこれもいいの。なるほどね〜。

今日はかなり遅くなってしまいました。明日はできれば軽くランスルーしたい。そして午後は半休にします。どこか旅へ。

また明日。


11.25

青木尚哉 作・演出作品「4….soku」

11.28
8日目
朝バレエ中の訪問者。6足歩行。クラス中断で観察。
アッサンブレ、アッサンブレ、アッサンブレ。
今日は身体にシールを貼ってのワーク。ふだん当然意識していることも、あらためて視覚的な目印を付けることで認識は拡大される。山田さんは、良い感覚を持っている。僕がこれまで見たりやったりしたことをどんどんなげかけていく。注意深くそれを注意深く咀嚼して味わっているように見える。
そのつながりから、ひとつのシーンが見えてきた。一見、表には見えないが、よく見るとたくさんそこにある何か、、、。
今日はひとつの事で一日が終わりました。予定では二つないしは三つと思っていたがこれが真っ当なペースなのかもしれない、、と予定を考え直す。(汗)
また明日。

六足訪問者。
シール。
11.27

7日目

青木、山田そろってのワーク。
山田さんにも、いちはやく場所に慣れてもらうため、朝からとりあえずもう一度床みがきをした。その後


わかれてバーレッスン、センター。午前中は筆に振り付けてある動きの確認をする。
午後、鳥取市でおこなわれるダンス公演があると聞き、車をかりて見に行きました。
これには顔見知りのJOU(Odorujou)さんが出ていて、なんとJOUさんのお心使いで飛び入りで、『踊りに行くぜ!! 鳥取公演』の告知をさせていただきました。公演自体は縦横に長~い広がりを持つ参加者達でにぎわっていました。特に障害を持つ子供たちの演技や表現には考えさせられるものがありました。
帰り道。また車。久しぶりの運転。道もすいてて気分が良い。
よく映画なんかにもあるけど、車に乗ってえんえんとつづくドライブの運転席と助手席の関係って面白いと思う。相手と対面ではなく一方向を眺めながらも、その話の内容はかなり緊密なことにまでにまでおよぶ。くだらないことや、でたらめなことも盛り上がる。
帰って続きを少しやる。まずまずのすべりだが残りの時間を意識すると緊張する。明日は丸一日できる。
また明日。
ダンスポケット2011
11.26

6日目

今日は鳥の劇場のメンバーはお休みの日。一人の方がわざわざ僕たちのために来てくれました。感謝。今日の夕方には、もう一人の出演者、山田勇気が到着する。
明日からに備え、トレーニングメニュー作りをする。この作品作りでひとつでも良いから、身体が変化したいと思う。ダンスの場合、内容はもちろん大切であるが、その事を語る手法、つまり身体性はそれに勝
る程大切になる。小説における文体であったり、書道にあっては墨摺りの様な事。この作品のための身体作り。二人共通の認識や言語を発見すること。
午後は熊地さんからの音楽を吟味しながら聞いてみる。一人スタジオで音楽を聞きふける。贅沢な場の使い方だなと改めて思う。良いものが作りたい、、、、、。
夕方、昨日まで東京で本番だった山田勇気さんが到着。今日は早めに片付けをし、早めにお家に戻ります。食事をしながら、事前の森下でのリハーサルを鑑賞。明日から本格的に演出が始まりそうだ。
また明日。
森下スタジオリハより奇跡の一枚
11.25
5日目
瞬く間に5日目が終了しました。
今日でカミイケさんは一時帰宅。夕方6時まで作業を進め、高松に戻って行きました。美術はとりあえずめどがついたようです。強いメッセージがにじみ出ています。ありがとう。
スタジオの床は黒のリノリュームです。
美術が大胆に無骨なので、床は光るくらいに磨いてみようと思いました。
普段はホアイエとして使用されているので既にきれいでしたが、いったん水多めの水拭きをして
それから固め絞りで水を拭き取るようにホップがけして行きました。
きれいに磨かれたリノリュームを見ると本番の舞台を思い出します。
それから、その上を塗りつぶすように裸足で歩きまわってみます。
今回の作品では歩行は一つ大きな課題になりそうなので時間をかけて試して行きます。
床が冷たいのですが、しっかりと足裏を使って行くと徐々に体温も増し、床となじんできます。
5日目にして「はじめまして、こんにちわ」
明日からはダンサー、振付の山田さんが入れ替わりで合流します。
いよいよ、身体と向き合って行く時間です。
また明日。

11.24

4日目

朝から二人でスタンリーキューブリックの映像を凝視した。
午前中はカミイケさんからの要請で僕はパソコンとプリンターで印刷のお手伝い。
カミイケさんは外のたたき場で木工作業。昨日くらいから強烈に寒さが増してきたように思う。寒い中ご苦労様です。
お昼、鳥の劇場の方にカレーをごちそうになりました。ご馳走さまです。
午後。
今日から本格的にスタジオワーク。迷った末、本番に近いスペースを確保できる横長使いではなく、客席を含んだ劇場空間を意識した、縦長空間で使用する事にする。
カミイケさんの美術がスタジオに登場する。
彼の美術にしては小ぶりだが、やっぱり迫力がある。
今回は巡業公演のため、移動の際の運搬を深く考慮してくれたようだ。
置き方について、いろいろとやってみる。
が、最終的に彼が最初に置いた位置に納まる。
徐々に空間がモノを言い出してきた。
まだその言葉がうまく聞き取れないでいるが、、、。
また明日。

11.23

3日目

鳥の劇場の企画「映画を見て社会を考える」にて「六ヶ所村ラプソディー」というドキュメンタリー映画を見る。ただただ、自分の無知無関心にショックを受ける。

「原発問題に中立という意見はない。あるのは賛成か反対のみ」という言葉が痛烈に突き刺さった。

劇場の方が、企画の終わりにしたがいスタジオをクリエーションの場として本格的に準備してくれた。見る見るうちにさっきホアイエだった空間が何もない更地に変わる。もちろん全くそこになにもないわけではない。その空間?に残された自分が感じる、残された気配をたどりたい。

音響設備のセッティングが終わり、いよいよカミイケ美術が投入される。ドカン!!カミイケさんのアイディアがさらに進み、僕の想定は大きく揺さぶられる。時を同じくして、サウンドの熊地さんからも曲が届く。

決断の時が迫られていくのを肌で感じる。

その空間で汗を流す。出そうにない汗をとにかく出す。本能が命令する。動けと。その気の済んだ頃、カミイケさんと家路に着く。カミイケさんを目の前に熊地さんと電話で40分に渡り話す。その後再びカミイケさんと話す。彼は見付けてくれる。埋もれている何かを。

見えてくる。たぶん、これだ。と思う。  話す、、、、。手がかり。

また明日。

11.22

2日目

最初の夜。最初の朝。思いのほか早く目覚める。

午前中、今度は裏山をロードワーク。

元は城跡。裏山というのは失礼かもしれない。かなり急な上り坂。天守閣跡をめざし、駆け上る。見下ろせば町全体が見渡せ、さらに日本海が見える。

ここに住めば領土を少しでも広げ、天守閣を1メートルでも高くしたい、という思考になるのかもしれない。殿様。ここまでは、観光案内通りの道筋。その頂から奥に入る小道を発見する。

やや廃れた山道。思いきって進んでみる。とたんに山が深くなる。子供の時に生まれた町の山々を歩き回った事を思い出す。あの時は飼い犬もいっしょだった。今は一人。山が深くなるにつれ若干の恐怖心。それを上回る、好奇心。所々、道が人の手で補強されている。大丈夫。蜘蛛の巣をよけ、すこしづつ進む。

少しの上った岡の上。道がきれる。ここまで。思わず、こえが出る。遠吠えのような高い発生。帰りはとにかく猛ダッシュ。一度通った道。体感を高め、曲がりくねった山道を走り抜けた。

お昼、美術のカミイケさんが、荷台にたくさんの宝物を積んで高松から合流。JCDNみずのさんを交え三人でのミーティング。大事なお金の事。中間発表の事。その後買い出し。カインズホーム。

晩。二人ミーティング。言葉を抜き取り。散らかった僕の頭を整頓しようとカミイケさん奮闘してくれた。感謝。

また明日。

11.21

鳥取、鳥の劇場に来ました。3週間の滞在です。できるかぎり、記録を付けてみようと思います。

1日目

初めての鳥取。

初めての鹿野。

初めての鳥の劇場。

予想をはるかにこえ静か、で、落ち着いている。城下町。堀、曲がりくねった道は、その昔、敵に攻め込まれないため。その町の形は今も残る。履歴。

町を歩き買い出し。米、酒、つまみ、調味料。途中温泉施設発見。無料の足湯。しばしつかる。

鳥の劇場へ戻る。

廃校になった学校の体育館を利用した劇場。6年の歳月をかけ、見事に改造されている。

その隣にスタジオ。両サイド前面ガラス。気持ちがよい。今日から20日間お世話になる。よろしく。

いつものスタンダードで、体ならし。が、うまく集中できず、、。マテリアル思い出し。やっと少し汗が出た。

JCDN水野さんが到着。今までの稽古映像を見てもらいながら、座談会。様々な切れ端。をみながら一番いいたい事は?と質問が来る。

最も大切なことはそれ一つでは存在しない。だからそれは最も大切な事にはなり得ない。

最もではないにせよ大切なもの、を選り分けて進んでいけたら、そこに何かがみつかるのだろうか。くさくいえば、僕が僕であり得る何か。この町がこの町としてあるように、たくさんの歴史を積み重ね残っている現在の町の形。僕の形。身体の形。身体の履歴。

また明日。

青木尚哉 作・演出作品「4….soku」の
作者本人によるクリエイションブログです。

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