原発事故後、読み返した本、新たに読んだ本がいつくかあります。

その中の一節。

『閃光』

そして閃光がやってきた。僕は笑ってしまいそうになったー閃光だよ。大陸から大陸まで、赤い閃光、銀色の閃光、無色の明るい閃光、むきだしのエネルギー、目の眩むような物理学の法則、緑と金の閃光、

稲光のようにびりびりと走る不安定な黄色い閃光、クローム色の空をバックにした黒い閃光。中性子、陽子、全然落ちてこない高くあがったポップ・フライ、野球帽をかぶった少年が手をかざして上を見上げている。ぐるぐると円を描くようにして歩きながら永遠に待ち続けている。ピンクの閃光、オレンジと青。(中略)主婦が電話めがけて走っていく。詩人は最後の一行をしぼりだそうとしている。

何もかもー人も動物もー何もかもー大いなる遺伝子プール、なにもかも全てが巨大

なブラック・ホールに呑み込まれていく。

世界は安全ではなかったのだ。

ーティム・オブライエン『ニュー・クリア・エイジ』(訳:村上春樹)の一節です。

この文章が最初に書かれたのは’70年代ではないのかな?(オブライエンは何度も何度も自作を書き直す)。

東西冷戦下(つまり核戦争の恐怖下)に生きた自分の青春を痛烈に想い出させる文章です。

(というか想い出して読んだ)。

いつのまにか真剣に考えることを辞めてしまっていた核の問題。

だけど、確かに、生々しくリアルに感じていた思春期の恐怖を想い出させてくれる文章です。