今久しぶりに大学にきてPCしてます。
レポートに追われない生活も3月までです。(涙)

松山終わって数日して、視野狭窄に陥っていた心も身体もいくらかリフレッシュでき、
またいろんな非現実的なことを考え始めてますが...。
とにかく現実的には、鳥取に向けて結構大幅に音や構成を考え直しているところです。

私は本当に本当〜〜に、、、今まで自分が踊ることばかりに重点をおきまくっていたので、
今この状況、作家として舞台を演出する立場に立ち、自分に足りないものばかり突きつけられています。
でももうこれは修行だと思うしかない、というか修行できること自体が超幸せだと思います。

実際恐怖の(!?)松山公演を終え、自分の表現したい感情や世界や表現方法や切り口みたいなものが、
以前よりは見えてきていると思います。
それは今回の作品だけに限らず、ライフワークというようなものになっていく気がします。
きっとやり続けること、探し続けることでしか、自分の表現の方法論なんて見えてこないと激しく思います。
でもそういうことを探し続けて、発見と探求を繰り返せるなら、きっと人生はもっと楽しくなるだろうと思います。

ところで松山のアンケートでは、怖かったという感想が意外にも多かったです。
(松山の皆様、たくさんの感想ありがとうございました!!)
八戸でも似たようなコメントをいただいて、私は見ている人を暗い気分にさせたいわけじゃないのにっていう葛藤が生まれていました。

でも学部時代に創ったものを思い出すと、
髑髏の布かぶったり、手や足が飛び出してきたり、包帯でぐるぐる巻きになったり、
結構当時からそういう感じだったなと・・・。
だからそろそろ開き直ってもいいのかもしれないとも思います。

私がよく刺激を受けるのは現代美術の作品ですが、
中でもやはり殺伐としたというか、冷えた印象の作品にとことん弱いです。
周囲の人のほとんどは顔をしかめて通り過ぎるのですが・・・。

でもああいう風に、人間とか生とか、生きること、
生きていることの本質みたいなのを突く表現は本当に憧れます。
でもきっとそれは、紙でも石でもプラスティックでもない、
生きた身体が媒体となるダンスが、一番雄弁に語りうると私は信じてやまないのですが、
なかなか現実化するのは難しく...(涙)

身体表現ってもう至るところで使われている言葉だけど、
これをどう自分がとらえるのか、これまたライフワークになっていくんだろうなと感じる今日この頃です・・・。

そんなこんなでこれからリハいってきます。