上富田レジデンスレポート
和歌山県西牟婁郡上富田町。
東京からは空路、南紀白浜空港から入るのがスムーズ。関西圏からはJR特急で2時間半程。
上富田文化会館へは、町内の朝来駅から徒歩でも15分程度でたどり着けた。
温泉地の白浜や歓楽街がある田辺へは、車で10~20分でそれほど人里離れたという印象はない。
農地や紀伊山地の山々を見渡す、穏やかな景色が広がっている。八百屋ではみかんが箱で販売されていた。
カミイケタクヤ率いる作品制作陣は、1週間程、この地で滞在制作を行い、私は最後の試演会に参加した。
上富田文化会館は、踊りに行くぜの関連では最も広い施設で、この設備環境で1週間なりを、自由に使って制作作業出来る。本当に贅沢である。
「ダンス・イン・レジデンス in かみとんだ」としては3年目、担当の那須さん筆頭に、非常に協力的なテクニカル体制で、踊りに行くぜとしても、大きな貢献を受けているとの事。本公演の開催地とはなっていないが、企画の工夫で、ここから生まれた作品をはじめ、関連作品の上演を期待したい。
試演会は30名程の地元の方々が訪れ、踊りに行くぜとして最大規模の”動員”となった。
上演後のお客さんの発言は積極的であり、かなり地域の理解度は進んでいるという印象。
前向きに作品に接しようという、モチベーションを感じた。
非常に率直に、見た印象を発言する様子は、私自身も鳥の劇場(鳥取)でも経験したが、
この辺りは、当地の劇場スタッフの方々の、日々の尽力を感じる一面である。
会の後は、本公演スタッフを交えてビデオで改めて振り返り、意見を交換する。
この作業で、作品の最終型に向けた、作家と主催者(製作)の方向性の確認をするのだが、
ほとんどのケースで、ギャップが露呈され、作家がかなり悩む、というのが常となっている。
試演まで作品制作陣は、自らの美学のみに沿って、作品を構築していけばいいのだが、
踊りに行くぜは「興行」でもあるため、売れるものにしていく、というベクトルも持っている。
また、はっきりとした客目線を、ここで初めて獲得するため、
イメージのギャップが生まれるのは当然の事なのであるが、ここから本公演に向けて、
作家は最も精神的にハードな期間に突入する。
カミイケも例外なく、前夜の水野の指摘による徹夜対応も重なり、ハードな一日だったようだ。
夜はレジデンス最終日という事で、上富田としての打ち上げへ。
カミイケは、おそらく睡眠不足と、考えている事も当然あるであろう、静かな様子だった。
カミイケ本人に、ここまでの作業の感じについて、軽く話を聞く。
今回参加するまでは、舞台美術として(舞台)作家の隣りからの目線でいろいろ発想するものがあったので、挑戦しているが、
やはり当事者(作・演出家)となると、自分が使っていた思考回路と別のものが必要で、この事を痛感している、と。
美術であれば、他人がいないので、自分のテンションとペースで、集中して制作に投じていけるが、
ダンス作品となると、人が相手になり、いろいろな事を合わせていかなければならない。
意図やイメージ、動きの説明の仕方の「言葉」が難しく、時間がかかってしまって、すまない気持ちになったり。
レジデンス作業については、那須さん(会館のテクニカルスタッフ)はじめ、出会いがあり、想定外のプラスになっているようだ。
人間関係が良好だと、作品も発展していくような感じがしているとの事。(他の現場でもそのように感じている。)
今回はその点は満足しているそうだ。
カミイケ自身にとっては、上富田は地元香川と似た環境で、落ち着いて取り組めた。
このチームは、作家は香川、ダンサーは新潟、音楽家は東京にそれぞれ住んでいて、会う時間は限られてくる。
彼は自主的に新潟にも滞在して、ダンサーと創作していた。
カミイケは美術家としても他の作品も並行しているが、
抱えている作品の思考回路を利用し、時に入れ替えたりしながら、創作していく、という事を話していた。
これは意図的にそうしているそうだ。
最後に、今の心境を語ってもらった。
「見えているようで、底がない。どこまでいっても底がない。」