報告するぜ!!
【仙台公演レポート・1月28日+29日】三つの全くアプローチの異なる作品を観終えて、踊りとは不思議なものだなと思った。
2017年02月12日
【仙台公演レポート・1月28日+29日】
文・曽和聖大郎

イイナさんが、二泊三日で仙台に行ってくれという。聞けば、仙台でコンテンポラリーダンスの公演があり、それを観てレポートを書いてくれというのだ。内心、なんで僕やねん、ダンス知らんし、こちとら余裕ないんじゃい、などと思いながらもついつい引き受けてしまった。
ときに組織の中に居心地の良さを見つけられない性分にもかかわらず、なぜかコミュニティに献身的であろうとする人間がいる。イイナさんというのも恐らくそういう人で、僕はこのタイプに弱いのだ。それに、東京から仙台までの交通費と宿泊代は持ってくれるというし、公演の前後で被災地を見て回ることもできるのではないかと思った。
〔1月28日(土)快晴〕

朝、お向かいの川尻さん宅に犬を預け、横浜から仙台へ。川尻さんのところにもフータ君という中型犬いたのだが残念ながら数年前に亡くなってしまった。
仙台駅で新幹線から仙石線に乗り換え、13時過ぎに石巻駅に到着。ダンスの公演は、仙台駅からすぐ近い陸前原ノ町駅に隣接する劇場で18時から始まるから、16時前の列車で戻ればよい。石巻には正味2時間半程の滞在ということになる。
駅前の商店街でレンタルサイクルを借り、沿岸部へ走った。石ノ森萬画館のある中洲を横目に見ながら、旧北上川にかかる内海橋を渡る。津波がこの川を約50kmも遡上したという。河口近く石巻港の造船所を越えると、風に魚臭さが混ざり始めた。石巻漁港である。漁港は石巻湾に沿って約1kmに渡って伸びている。漁港沿い、県道240号線の中央分離帯では盛土が延々と構築されているところであった。この盛土を第二堤防とし、沿岸部の防潮堤との間200~300mを非可住地帯として、津波の減勢を計るようだ。
漁港が途切れると、今度は白く長い堤防が伸びる松林が続く。痩せて歪んだ松はまばらである。レンタルサイクルを止め、堤防によじ登ると、眼前に石巻湾が開けた。左手には牡鹿半島が隆々と続き、潮風にきらめく陽光が鉛のような重い波に降り注いでいる。その風景に陶然とした。

気づけば、時計の針は14時40分を回っている。寄り道しながらとはいえ、ここまで来るのに90分程かかったのだ、60分少々で駅まで戻れるのだろうか。乗り遅れると次の列車は1時間後、公演の開始に間に合わない。海風が急に強くなった。急いでサドルに跨がり、未舗装の砂利道にタイヤをとられながら、来た道をひた走る。乾いた盛土が風に巻き上げられ、目が開けられないほどに舞っている。砂粒をジャリジャリと噛みながらペダルを漕いだ。内海橋を渡り、市街地へ戻る、やっとのことで駅に着いた頃には汗だくになっていた。仙台行きの列車にはなんとか走り込むことができた。
そんなこんな這々の体で、会場である宮城野区文化センターに着いた頃には辺りは暗くなっていた。真新しいその劇場パトナシアターの中に入ると、横幅10m程の段差のない舞台に迫るように、即席で作られた階段状の観客席が設えられていた。
前置きが長くなったが、28日と29日の二日に渡ってこの劇場で三つのダンス作品を二度ずつ観た。二日とも100席程の客席は満席で、特に二日目は舞台前に直座りの最前列が設けられるほどの入り様であった。コンテンポラリーダンスを見慣れていない自分であるが、三つ共に面白く観ることができた。北村成美氏と仙台のダンサーによる「黒鶏 -kokkei-」の放つ異形のエグ味と熱には圧倒されたし、岩渕貞太氏の「DISCO」は作り手がほぼ同世代ということもあってか、その身体感覚に共感するところが多かった。黒田育世氏による「THE RELIGION OF BIRDS」は、素晴らしい精神を持った作品で、その迷いのない身体表現には非常に心を動かされた。
以下にそれぞれ個々の作品の印象を記す。

『黒鶏 -kokkei-』北村成美(約30分)

〈なにわの振付家“しげやん”こと北村成美が、仙台のダンサーたちと共に制作した作品である。〉

北村成美作品 撮影:越後谷 出

舞台の上には、ソファー2台にピアノ椅子1脚、それに長方形の木枠が5つ。
そこにけたたましいドラムの音、バラバラバラバラッ、連打ですね。射られる様にして5羽の黒鶏が走り出て来るの。コッケイ、黒い鶏ですね。羽も鶏冠も真っ黒、綺麗けど飛べませんね、なんとも異様なんですね。女のダンサーですよみんなこれ。
ここは屠畜を待つ鶏小屋か、場末のキャバレーか、思てるうちに、その鶏がKya—鳴く、怖いな怖いな、暗闇に真っ黒な羽ですね。
ふっと見ると、ダンサーの女ら、みんな鈍色の木枠持っとる。人の胴くらいの長方形の枠。めいめいその中に閉じ込もっていく。枠の中にギュウギュウ詰めになっていく。さしずめ煮凝りですね。苦しそう苦しそうけど、顔見たら「やったるぞ」いう顔してるんですね。プライド高いなぁー、鳥はプライド高いんですね、人間なんかバカにしとる。絶対なつきませんね。
黒い鶏の女らね、バァー走る。枠くぐる。好き勝手に遊び回っとる。
もうから騒ぎですね。
カッカッカッ、なんや上からハイヒールの音かなんかした。鳥達、急に首を竦めちゃった、身を潜めちゃったな。
やっぱりここは恐いとこなんだ、逃げれんとこなんだ、騒いどったらいかんとこなんだいうことがわかるんですね。誰に飼われとるんか、明日どうなるんかわからんのですね。
パァー!ラッパ鳴った。
5人の中に一人体のデカイ女いるなぁと思っとったら、その女、カツラ、バッと脱いだ。坊主頭だ。
男だ、この女は実は男だ。この男は女の振りしとった。ケバケバしいメイクして女の振りしとった。
女の黒鶏の中に一人混じっとったんですね、今まで。異形ですね。
この黒い異形の群れ、でも不思議とこの鳥らケンカせんな。男もイジメん。閉じ込めてもケンカせんで踊っとる。長い夜ですね、いつ明けるとも知れん夜ですね。
そんな暗闇に溶けて踊る、踊る、踊る。
そこにやにわに真っ赤な光が差して来る。夜明けだ。黒鶏たちの首は朝日の方にグゥー伸びとる。
待っとった。これを待っとった。明日をも知れん今日がまた来る。

『DISCO』岩渕貞太(約30分)

〈岩渕貞太によるソロダンス作品である。〉

岩渕貞太作品 撮影:越後谷 出

ハぁー、ハぁー、暗い部屋に気管から息が漏れているだけ
白いパジャマ、白い顔、痩せた体に黒髪を伸ばした俺がだらりと現れて、PARTY MONSTERのエレクトリックな高速リズムでアガるゼェー、と思いきやリズムには乗らない俺
俺の腕と足は運動しながらもリズムを刻んでいない、何故なら俺の肩甲骨と股関節の柔軟な回転が四肢の動きを内燃機関の様に円運動に変換し尽くしてくれるからだ
ランウェイを歩くモデルたちがクールなのは音楽を無視して“ただ”歩いてるだけだからだゼ、踊らされちゃあいないってことだ
俺の肩甲骨は余裕でリズムを逃してくれる、手足が動いているからって踊らされてるワケじゃあないんだ、
ほらその証拠に俺の指先を見てくれよ全然リズムに引っ張られて強張ったりしちゃあいないだろう
俺は俺の体の途切れない流れに乗る俺でいられた自由
異変を感じたのは、ボレロが流れ始めた時だ
牧神の午後ニジンスキーな俺、俺に誘われた俺が、俺に重なる俺を見ていた俺
ファビュラスなラビリンスの中に転げ落ちた俺のカラダは俺のカラダではなくなっていた
起き上がろうとしたとたん、プリオン病にかかった牛の様に関節が固まってしまって、どうも上手くいかない、足首も内捻したまま固まってしまっている俺
気づけば一人の部屋、[a]が出ない、始めの母音さえ出ないんだ俺の喉は、
俺にはミュージックが必要だ、ここはDISCOなんだa、a、、a、、、
ダンスフロアーに、今夜はブギーバックが流れ始めると、俺のくるぶしが勝手に空に吸い寄せられて、その度に俺の肩は地面に叩きつけられてしまう
踊ろうとするたびに、硬変していく俺のカラダ、は、却って音に映えている、か
逆立ちした青年の白い背中、を、俺は見ている、か
切り株の様になってしまった俺の肉体に、さえ、ミラーボールは華やかに、映えている、か
[a] が詰まって[æ]になってしまう俺の喉、なら、おのれ、いっそ潰して獰猛な俺
Party Makerに突き動かされて、固まって動かない俺の爪先、なら、このまま地面に突き、刺して
リズムは切断、リズムは決断、四足歩行で突き抜けて
野生の俺を放って、蹴り、上げて、蹴り、立てて
痙攣したまま、外に出よう、外に、出よう
俺の、部屋を、出て、何を、言おう
俺は俺のコトバを持っていたのか
俺は俺のカラダは俺のカラダだろうか、だからだろうか
ここは俺のDISCO。

『THE RELIGION OF BIRDS』黒田育世(約50分)

〈黒田育世と5人のダンサーから成るダンスカンパニーBATIKが、中沢新一が訳したチベットの経典「鳥の仏教」を舞踊化した作品である。〉

黒田育世作品 撮影:越後谷 出

「鳥の仏教」はチベットで17世紀から19世紀初頭までに成立したとされるいわゆる偽仏典ということであるが、一種の民間伝承の集成と言ってよいものであったのであろう。その内容はカッコウに化身した観音菩薩が大乗仏教の教え(法/ダルマ)を森の鳥たちに説き、瞑想を通じてそれぞれの鳥たちが悟っていくというもので、鳥の声を借りた仏教説話になっている。
麦わら帽子に白いランニングシャツ、鈴のついたバスケットケースを鳴らしながら黒田育世が現れる。まるで夏の日の少年である。未性(イノセンス)である。やがて五人のダンサーが〔彼/彼女〕を取り囲み、森の鳥たちが囀り始める。

曰く、生老病死、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦、、、一切皆苦−−−
やがて、倒れた〔彼/彼女〕の周りに鳥たちが涅槃図よろしく憩い、〔彼/彼女〕の肉体を腑分けする様に啄み始めた。
ハトはイムクイムク「がっかりさ」、カラスはトッキョントッキョン「救いがきます」、ヒバリはキッキュルキッキュル「喜びは苦しみに変わる」と鳴き、ダンサーたちの身体はダルマを見事に形象化していく。
5人の女性ダンサーの動きは粗雑なく極めてクリアで、その乳房を晒し、児を孕むときでさえ、黒田育世同様に“無性”である。また、その鍛錬の行き届いた身体は、極めて高度に観念化されているゆえに、白骨と化した遺体から泣きじゃくる赤児にまで瞬時に切り替わることができるし、魂が肉体間を移動し、輪廻する様を表象することもできる。身体が文字化されていると言ってよい。だから、観客は〔彼/彼女〕たちの身体を絵解き物語のように“読む”ことができるのである。唇から肛門までBATIKという浸透の中にあるからこそ激しく生きる身体。
而二不二、知行合一、無分別智−−−印相を結ぶ指を持たない鳥たちは、全身で羽ばたくより他にないのだ。

啼き声が紡ぐ音の立体曼荼羅に纏い付くように奏でられる、松本じろによる鼻歌とも童謡ともつかぬアルカイックな調べを聴いていると、北上川を遡って、ある一人の作家を召喚したい衝動を覚えずにはいられない。宮沢賢治である。
すでに原典のある作品に重ねて他の作家を引いてくることが無粋であることは承知しているし、作り手たちが意識していることとも思われないが、彼女たちの舞踊を見ていると例えば「ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊りの、ほんたうの精神を語りました。」(「鹿踊りのはじまり」宮沢賢治)というような一文を思い出さずにはおられないのだ。賢治もまた仏教説話としての童話を多く書いた作家であった。
賢治は「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない(略)新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである われらは世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である」(「農民芸術概論綱要」 宮沢賢治)という。痛ましいまでに健全で、なんて危険な理想だろう。ある種の健やかさは、危うい無垢さと背中合わせである。
鳥たちは生まれ、死に、輪廻し、盲いた眼は開き、また潰れ、灰は風に運ばれ、鳴き声で法を確かめ合い、羽ばたく体は三宝に奉じられている。
踊る彼女たちの眉根は開かれて健やかである。そのヒリつくような無垢を噛みしめながら、「鳥の仏教」の中で悟りに達することができなかった二羽の鳥、トビとワタリガラスのことを想う。分裂したまま生き続けなければならない鳥たち。
五色の虹のかかるチベットの空にも賢治のよだかの星は燃えているだろうか。
三つの全くアプローチの異なる作品を観終えて、踊りとは不思議なものだなと思った。
それは、身体による諧謔であり、誘惑であり、告白であり、またその向こうに見えるものは風景でもある。
踊る肉体はそれぞれに風景を背負っている。
ときに、鳥になり、盲目になり、死体になり、肉体は変転しながら、観る人の記憶の扉を開き、一つの風景を紡いでいく。
仙台で生まれたこの三つの風景も、これからそれぞれの旅路を歩んでいくのだろう。
〔1月30日(月)晴れ時々雨/強風〕
仙台駅から常磐線に乗り、福島県南相馬市の小高駅へは昼過ぎに着いた。午前中は雨模様だったが今は太陽が照って、強い風が吹いているにもかかわらず季節外れに暖かい。小高区は昨年の7月に避難指示区域が解除され、常磐線も小高駅までの運転を再開した。
町はほぼ無人であった。田畑は荒れ、水溜りにはただただ首の長い白鳥が奇妙に群れている。海まで歩くことにした。一時間半ほど荒野をゆくと除染作業員の姿がちらほらと見え始めた。沿岸部が近づいているのが分かった。歪んで、撓み、掘り崩された波打ち際の堤防に上る。海は深く青く、やはり鉛のように重たかった。
来た道を引き返し、小高駅近くに戻ってきた頃には陽は傾き、気温はグッと下がっていた。雲行きも怪しい。
荒れた畝にパトカーが止まる。若い警官が二人出てきた。
「ちょっとすんませーん。地元の人?観光ですか?」
「いや、横浜から来ました、、、」
「仕事で?ちょっとカバンの中、見させでもらっていいすか?カメラいっぱい持ってますね」
「あ、あの、粘菌とか、変形菌とか撮るんで」
「はぁ、ヘンケーキン。。。」
「あ、これです。この切り株にくっついてるカビみたいなやつ」
「はぁ、それを撮るのが仕事で?」
「あ、はい、、、そうです、、ね」
なぜか僕は嘘をついた。雨が降って来た。
曽和聖大郎
砂山小学校卒業
Yachaoo Cinema Label 代表