報告するぜ!!
【ダンスの現場】 岩渕貞太@急な坂スタジオ
2017年01月28日

記録:黒田瑞仁

ダンス作品を自分で作ったりその場に立ち会ったことがなくても、誰もが何かをする現場にいる。それは職場かもしれないし、家かもしれない。夕食を作る現場は、近所のスーパーと自宅のキッチンだ。ダンスの創作はどんな稽古場で、どんな環境で行なわれているのか。もしかしたら作家ごとにまったく違うのかもしれない。あちら側だと思い込んでいたダンスの世界も、その制作現場を覗けば、もしかしたら身近に感じられないだろうか。ダンスを輪郭からアプローチして、稽古場のエスノロジーを試みる。

12/05 岩渕貞太チーム
天候:くもり/雨 場所:急な坂スタジオ スタジオ2



その日の岩渕チームの稽古場所はJR桜木町駅徒歩10分、その名の通り坂を登った中腹にある「急な坂スタジオ」のスタジオ2。もとは結婚式場だった建物をスタジオに転用した建物で、スタジオ2は親族の面会の場に使われていたらしい。建物自体は鉄筋コンクリート造だろうが、木造建築風の柱梁に白地の壁が内装として施されていて、結婚式の施設としての面影がそのまま残っている。幅4間(7m)、奥行き6間弱(10m)ほどの長方形の部屋だ。入り口正面、長手の壁はスタジオらしく鏡張りされ、ふだんはカーテンがかかっている。向かって右には今は中身はカラだが仏壇の跡のようなものがあり、中身はカラだが誰かがイタズラで漫画のキャラクターのフィギュアを置きっぱなしにしている。その前に会議机、その周辺に私物やスピーカーが置かれる。床にはグレーのリノリウムが敷かれている。外部の見える窓はない。

岩渕貞太さんはこの急な坂スタジオのレジデントアーティストで、スタジオの優先的な使用権があるようだ。ただ自分専用の部屋があるというわけではないので、今日は幾つかある部屋のうちスタジオ2で稽古。もともとあまり舞台美術を使わないほうだと言っていた岩渕さんの稽古は、パソコンとスタジオ備え付けのスピーカー以外はほとんど何も使わず、バミリも含めセットアップがほとんどいらず身軽だ。個人の稽古着と私服、飲み物、リュック、充電中の携帯などは部屋の片側に寄せてある。



18:00 稽古準備

この日の稽古にいたのは振付・出演の岩渕貞太さんと振り付けアシスタントの酒井直之さん。酒井さんは岩渕さんの出身校、玉川大学の後輩。身長は170台後半で、岩渕さんと大体同じくらいに見える。基本的に毎回の稽古はこの二人で行っているようだ。18時の稽古の開始予定時刻には、すでにそれぞれ稽古着に着替えてストレッチをしている。岩渕さんはクリーム色のプリントTシャツの上にジャージを羽織った格好で、酒井さんはパーカーを着ている。二人とも裸足だ。雑談したり、スピーカーをパソコンにつないだりしていた。どうやらまだ稽古はまだはじまっていない。


18:15 岩渕式ウォーミングアップ

岩渕さん主導のウォーミングアップが始まり、場の雰囲気が変わる。稽古が始まったようだ。酒井さん曰く、これは「岩渕式ウォーミングアップ」なのだそう。毎回稽古の最初に行い、本番の近さに応じてかける時間は変わるが、余裕があるときは1時間ほど時間を使う。本番直前は10分程度で済ませる。
岩渕式ウォーミングアップは、ラジオ体操の応用のような反復運動をこなしていく。一つ一つの動きはゆっくりしているが、それぞれ5回ほど反復すると次の動きにうつっていくので見ていると案外目まぐるしい。「舟の上にのっているみたいに」「アコーディオンのじゃばらみたいに」「自分がイメージできるかぎり〜して」「一番小さく」「一番奥まで」と、動きのイメージの指示が必ず入る。カラダそのもののウォーミングアップとしてのほかに、カラダと頭(イメージ)の連動を確認しているように見える。




18:30 続・岩渕式ウォーミングアップ

岩渕式ウォーミングアップのほとんどは立ちながらする動作だ。たまにヒザをついて、四つ這いになりはじめたと思ったら、2分くらいでまた立ち上がる。1つの動作に費やすのは30~60秒程度だろうか。段々と単純な動きから、「〜のイメージで動き回る」など自由度が高い指示がでてくる。


18:45 イメージを伝える

ウォーミングアップ終了。岩渕さんはコーヒーを飲み、上着を脱いで、Tシャツに。ジャージのすそを膝上までたくし上げた。酒井さんも片足だけ、膝のあたりまでグレーのスウェットをたくってある。
まず、前回の稽古から考えてきたことを岩渕さんが酒井さんに説明する。主に使用楽曲とシーンの構成について。なぜそう思うのか、お客さんに「踊り」をどこで見せてたいのか。言葉で追いつかないところは、動きを交えて「こういうんじゃなくて、こう。ピャー、じゃなくて」と説明していく。酒井さんは座ったまま口を挟まずに聞いている。
2D的な見え方だったあのシーンを3Dにしたい。新しい曲を入れる、と岩渕さんが発表。それはなぜか、また相手にわかるように言葉を尽くして伝えていく。
基本的に岩渕さんが立って動きながら説明しているのを、酒井さんは床に座って聞いている。たまに酒井さんも立ち上がり二人が別々に体を動かして、岩渕さんのイメージを動きで探るように、黙ってうねうねと動き、ひと段落するとまた座る。




19:00 「超え方」について

岩渕さんが「超えたい」と言い始め、自分の考える「超え方」についての仮説を説明する。何を超えるのかは、いい切れるものではないらしく一言では示されない。肉体の限界なのかと思ったがそういう話でもなさそうなので、理性とか常識とかそういうものを「超える」のかもしれない。岩渕さんはたまに「ウワー!」と大声を出して、自分の考える「超える」を伝えようとする。勢いがついてきてだんだんと自分の考えを酒井さんにレクチャーするような口調になってきたが、そうすればするほど自分に言い聞かせているようにも見える。酒井さんは素直にうなずいたり、言われたように動いてみる。話題が「痙攣」のことになったときやはり口は挟まないが、話を聞きながら足を震わせ続けていた。
話がひと段落したところで、酒井さんが「ちょっとトイレに」と申し出て、小休止。岩渕さんはその場で考え込んでいる。酒井さんが部屋に戻ると、すぐに構成の変更を説明をしはじめた。酒井さんは変更点をメモ。「ちょっとやってみよう」とのこと。


19:15 前半通し(1回目)

冒頭からいくつかシーンを通してみるつもりのようだ。踊るのは岩渕貞太。酒井さんは前からパソコンで音響操作をしながら、見ている。3,4回展開したところで終了。時間は約18分。全編は時間から見ても全編ではなく、前半部分の通しなのだろう。
通し終わると休憩を挟まずに、二人はすぐに意見を交換しはじめた。これまでほとんど喋らなかったので、きっと無口な人なのだろうと思っていた酒井さんが熱心に喋りはじめる。構成は違う順番でもいいのではないか、あそこはこう見えた、どこが鮮明だったなど。さっきまでとは立場が逆で、岩渕さんはほとんど口を挟まず、たまに自分の踊った実感を相手に伝える程度。交わす言葉には主語が少なく、外から聞いていると内容が掴み辛い。論理だった演出家の会話というより、感覚を共有したダンサー同士の答え合わせに見える。ウォーミングアップから動き通しだった二人は、今はあまり動かずに体は休めているようだ。
話題は再び構成について。稽古始めの相手に順を追って説明しようとする雰囲気とはまるで変わっている。岩渕さんが「変えてみようかな・・・」とつぶやいて、会話が収束。




20:00 休憩

休憩宣言。20時15分まで。どうやら今日の岩渕さんの水分補給手段はコーヒーらしい。一口飲んで外に行くために靴下を履き始めた。酒井さんは2ℓペットボトルの烏龍茶を飲んで、お菓子を食べている。それでも話が止まらずに構成のこと、稽古のやり方についての話が続いて、「遠く」と「豆腐」を指示として取り違え思わぬ動きをしたダンサーのエピソードに笑う。でもそれが意外な発見につながると言って、岩渕さんは外に出ていった。


20:15 稽古再開

岩渕さんはスタジオに戻ると靴下を脱いで丁寧に畳み、ジャージの裾をきつくたくし上げる。もう一曲試したい曲があるという。今日2つめの新しい曲だ。先ほどの通しに組み込まれた1曲目ほどは具体的な使い道は立っていないのか、流しっぱなしにしながらあわせて踊りはじめた。考えながらゆるゆると動きを試しているかと思えば、突然集中して踊り、また曖昧に動く。2パターンに動きを絞りったものを酒井さんに見せ、フィードバックをもらう。通しの前後から酒井さんが大分饒舌になっている。
岩渕さんは四つ這いになったり、うめき声を出したりと、踊る人間というよりは動物に見える。「薄い感じがするなあ」と笑いながらまた試す。
どうやら岩渕さんの中で、この曲を構成に組み込む組むとしたら・・・という想定ができたようだ。「やってみようかなあ」とポツリと岩渕さんが言ったかと思うと、すぐにスタンバイ。会話に時間を使う稽古場だが、何かが始まる時のスピードが速い。酒井さんが冒頭の曲を流す。




20:30 前半通し(2回目)

1回目の通しに、さっきはしていなかった踊りとそれに合わせた曲(もしくは、新たな曲とそれに合わせた踊り)が加わった。構成を確認するだけなら、形だけなぞるということもあり得るが岩渕さんはしっかりと踊る。新たなシーン意外の部分でも、踊りのニュアンスを変えていた。
通しの途中で男性が一人、薄いビニールに入ったものを持ちながら稽古場に入ってきた。部屋の隅で、岩渕さんが踊るのを見ている。
今度は約20分間踊り続けた。酒井さんは音響操作以外は、前を見ておりメモはとらない。終わるとまたすぐにコメント交換。引き続き構成のつながりが主な関心事だ。岩渕さんは「ダンサーとしての気持ちが構成に追いついているのか?」と自問自答している。今の通しに違和感があったとして、問題は構成にあるのか、ダンサーにあるのかを見極めないとイタズラに構成ばかりいじることになる。


21:00 衣装合わせ(1回目)

フィードバックを手短に切り上げ、先ほど入ってきた男性に挨拶。衣装担当の小暮史人さんだった。小暮さんは持ってきた衣装を広げ、衣装合わせがはじまる。鏡張りの壁が今日はじめて役に立った。岩渕さんはジャケットのような衣装にその場で着替え、鏡に向かいながら体を動かす。服は細身に作ってあるようで、きつすぎないか試している。どうですか、見た目と動きやすさどっちをとりましょうか、などと話していると岩渕さんが「あっ、いまちょっとビリって言ったかも・・・」と申し訳なさそうに言う。「大丈夫大丈夫」と小暮さん。
二人は今後のスケジュールを口頭で確認したり。実際にモノを見ての感想や、新たな要望を伝える。小暮さんは具体的にどこを短く、長くするかを確認。一旦持ち帰るのかと思いきや、部屋の隅ですぐ直しにとりかかった。




21:15 続・振り返り

先の通しの振り返りの続きを始める。先の通しでは曲を一曲増やしたので、これをそのまま使っていくか、もしくは別の手を考えるかを相談。
稽古を観ていた私も意見を求められた。通し稽古の途中で、振り付け形や集中した動きの中に、目にかかった髪を片手でどけるような動きが挟まれたのが唐突で面白かった、と伝えた。岩渕さんによればそれは「ワザと」と「ワザとじゃない」の間を探っているのだという。振り付けを決まり切ったものとして作っても面白くないから、ノイズを混ぜているそうだ。


21:30 翌日稽古について

だんだんと話は構成や作品のことから、岩渕さんの師である室伏鴻さんのこと、そして明日の稽古の打ち合わせに移行して稽古は終了モード。明日はどうやってみよう、ビデオで撮ってみてみようか、それがいい。リラックスしたモードになっていたが、そうするとまたアイディアが湧いたようで、急ぎ共有。
退館に先立ってスタジオ2の利用報告書に記入。




21:45 衣装合わせ(2回目)

岩渕さんと酒井さんは、結局まだ作品の話をしている。床で衣装の修正をしている小暮さん。二人は、その場で稽古着を脱いで私服に着替えた。明日の稽古もこの同じ部屋だそうなので。物をこのまま置いていけたら、と言いつつ、荷物をそれぞれのリュックにまとめていく。
退出5分前に、小暮さんの直しが終わった。岩渕さんは慌てて私服から衣装に再び着替えて、再度衣装合わせ。鏡を見て、動いてみる。だいぶ動きやすくなったようで「しばらくはこれでやってみます」とのこと。衣装はそのまま岩渕さんの手元に。


22:00 稽古終了、退館

急な坂スタジオの受付の方に挨拶をし、退館。小暮さんは車なので施設を出てすぐに別れたが、桜木町駅までの十数分間、帰り道もずっと踊りについて喋っている。岩渕さんは自分が作品を作るのは物事について考えたいからだ、とインタビュー<リンク>で言っていた。絶えず言葉で考え続けている人なのだろう。しかし今日の通し稽古では、作品中に言葉を喋る表現はなく、表現は踊りで行うのだ。






ソロ作品の稽古について


選出理由にもあるように、どうやらこれまで踊りに行くぜ!!では、振付家がソロで踊る作品を選んでこなかった。もちろん最終的に舞台上で自分も踊る演出家はこれまで沢山いたし、むしろ多数派だろう。それでも踊りに行くぜ!!ではあくまで振付・演出家を選出ている。
出演者はパフォーマンスに没頭することを求められるのに対し、振付・演出家は客観性を保つことが求められる。これを一人で同時にこなすのは、単純に「大変すぎる」し、自分の中で何もかも処理されてしまうのではないか。だからこそ、これを許してこなかった踊2の歴史の中で、今回の岩渕作品は例外なのだ。
ソロ出演でありながら、演出家としての客観性も保ちたい。そこで稽古に参加しているのが振付アシスタントの酒井さんというわけだ。たとえば岩渕さんの代わりに稽古で踊り、それに岩渕さんが手を加える。稽古場での代役だ。でも岩渕-酒井ペアがやろうとしているのはこれだけではない。岩渕さんが踊るのを見て、酒井さんがコメントすることも。でもあくまで酒井振付ではなく、酒井さんは岩渕作品の趣旨を理解してコメントしている。自分のドッペルゲンガーをつくり、一緒に作品を作っていこうという試みなのではないか。
岩渕さんは自分の迷いも、根気よく酒井さんと共有しているように見えた。言うは易しだが、これはちょっと誰に対してでもできることではない。演出家は稽古場を精神的に引っ張っていくことも求められるので、まごまごしていると周囲にストレスがたまる。だからただでさえやることが沢山ある中で、進捗に結びつかない迷いやアイディアは積極的に晒さないはずだ。
これが手法として確立されれば、ダンス界に革命が起こるのでは?とプロデューサーの水野さんと岩渕さんが話していた。どうなるのだろう。それでも振付家本人が自ら踊る、というソロダンスの興奮は確かに存在する。この独特の興奮を損なわずに客観性を持ち込めれば、作り手が楽になる、という以上の可能性がダンスにもたらされるのかもしれない。