報告するぜ!!
【城崎国際アートセンター レポート】「城崎はぼくの故郷でもある」
2017年01月13日
テキスト:西村憂作

これは困ったことになった。なんと言ってもコンテンポラリー・ダンスを見たことがないのだ。なのに斯界の最前線で活躍する踊り手三組による新作公開稽古の模様をレポートするように頼まれ、二つ返事で引き受けてしまった。まだ日はある、なんとかなるだろうという楽観も過ぎる日月を前にゆるやかに首が絞まる心地……、心憂い。ダンスと言えば舞踏、舞踏と言えば土方巽、と著作全集を繙いて現実逃避してみるも難解すぎてそれも続かない。そこで師走どきの忙しさを託ち種にして、ダンスのことは考えないと決め込んだ。どん詰まりである。ええいままよとばかり、半ばやけっぱち、事前の下調べもなしに臨む当日。あとはもう愚直に、直情径行すすむしかない。

城崎国際アートセンター (c)Kinosaki International Arts Center

ダンスプロダクションの滞在地となっている城崎はぼくの故郷でもある。
城崎を離れ隣県で古本屋として働く身だが、実家は今も城崎にある。
そんなところから声を掛けてもらったのだと思う。
地元出身者の目からみた感想を求めらているのかも知れないと思うとさらに気が重い。
誰でもそうだろうが、故郷には愛憎相半ばする想いを持っていて、なかなか面と向き合うことが出来ないのだ。
閑話休題。公開稽古は滞在制作をサポートする城崎国際アートセンターにて行われ、予定はほぼ以下の通りに進んだ。
・公開稽古
17:00〜 山下残作品 『左京区民族舞踊』 上演時間約30分
18:15〜 岩渕貞太作品 『DISCO』 上演時間約30分
19:30〜 黒田育世作品 『THE RELIGION OF BIRDS』上演時間約50分
各上演後に舞台スタッフとの打ち合わせが入る。
・座談会21:30−22:30
・交流会22:45
架空の舞踊団の誕生から成立までを描く、山下残さんの『左京区民族舞踊』から公開稽古は始まった。

山下残『左京区民族舞踊』

踊り手が横並びに三人、タンバリンを手にそれぞれ観客席向かって真正面に相対している。混沌とした世界を想像していたが、開演早くも舞台上には秩序の生れる気配がある。作品が進行してゆくにつれて、後方に控えた四人目が、タンバリンの打ち出す音とリズムによって徐ろにしかし確実に舞台全体の呼吸を整え始める。後半では激しく打ち鳴らされる音楽に鼓舞され、踊り手たちは舞台上を縦横無尽に所狭しと駈け回り、そのまま狂騒の乱舞となって幕を閉じた。一緒に踊れよとこちらの参加を促すような雰囲気もあり、コンテンポラリー・ダンスの初体験として、考えていたよりも開かれた世界だと少し安心する。
つづいては誘惑をテーマに据える、岩淵貞太さんのソロ作品『DISCO』。

岩淵貞太『DISCO』(c) igaki photo studio

舞台には踊り手が一人。痙攣的なぎくしゃくした動き、地面に伏しての突然のうめき声、ころんと転げ、赤ん坊か老いさらばえた老人のように丸めた手足で虚空を掻く仕種……、またニジンスキーを演じる場面もあり、今回観劇した三組の中でもっとも楽しめた作品だった。暗黒舞踏の雰囲気を感じたからだ。それもそのはず、岩淵さんは「大駱駝艦」の旗揚げメンバーでもあった故・室伏鴻氏に師事していたらしい。
またエレクトロニック・ダンス・ミュージックと舞踏との組み合わせには現代的なデカダンスといった独得の趣きがあり、気怠いエロティシズムを感じさせ艶っぽい。
最後は黒田育世さんが主宰するダンス・カンパニーによる『THE RELIGION OF BIRDS』。

黒田育世『THE RELIGION OF BIRDS』(c) igaki photo studio

人類学者・中沢新一氏が訳した来歴不詳のチベットの仏教経典『鳥の仏教』を下敷きとしている。テキストをセリフとして取り込むなど、原作に対して繊細なアプローチをしているような印象を受けたが、それにも増して、踊り手たちは鳥の群れにおける自己組織化現象を再現するかのように一糸乱れず、原作があるにせよ、それとはまた別個の力強い物語性を感じさせる。踊りの説得力と、また構成の巧みさだろうか、五〇分近い作品にもかかわらず、長さを感じさせない緊張感のある作品だった。
公開稽古後に行われた制作サイドの座談会は記事として掲載される予定らしい。
座談会での作品評は各作家に伝えられ、本公演までに今回の観覧者の反応と併せて作品に反映させることが出来るようになっているようだ。
夕食を兼ねた交流会には関係者総勢30名ほどが集まった。他愛のない歓談もおのずと公開稽古の話題となってゆく。各作家グループと制作者サイドが入り乱れて、そこかしこで熱っぽい議論が繰り広げられているようだ。プログラム・ディレクターの水野さんとJCDNの佐東さんが岩淵さんにニジンスキーの牧神を二人がかりで実演して見せていたのには、失礼ながら微笑ましく思うとともに、思わず胸が熱くなる。肩、つま先、顎の角度について、微に入り細を穿つ二人の実践的註釈は情熱的で、強く印象に残った。
しかしいまさらながら、次第に熱っぽくなってゆくこの場に溶け込もうと努力すればするほど、悲しくなってくる。肚を決めて、玉砕覚悟でゆけばよいものの、つとに有名な臆病な自尊心と尊大な羞恥心から、ついに輪に入ってゆくことが出来なかった。そういえば挨拶もろくにしていないじゃないか……。
それでも物欲しそうに居残り続け、退席してゆく人たちを見送っていると、あれだけ賑やかだった交流会も、気付けば会場のダイニングルームには山下さんと黒田さんとぼくの三人だけ。
ダンス・カンパニーを15年もの間、維持、発展させつづけてきた黒田さん、架空とはいえ舞踊団設立の物語に挑戦するソロ・ダンサーの山下さん……、時刻は午前三時、すでに二人とも相当飲んでいるはずだ。今日初めてコンテンポラリー・ダンスに触れた身としてはここまで聞いてもいいのだろうかという話が次から次へと出てくる。カンパニーに対しての互いの考えや、お互いへの評価、作品造出の秘奥が次々と披瀝されてゆく。
アートセンターを出たのは午前六時過ぎ。
直前まですっかり話し込んで、というより頼りない聞き役としてお二人と過ごしてしまった。なんとも勿体ないことをしたという気分と得体の知れない高揚感でこの日は帰途についたのだった。
いよいよ14日から札幌を皮切りに始まる巡回公演……、衣裳・照明なども本公演から本格的なると聞く。公開稽古を終え、さらには巡演を経てどのように発展していくのか、交流会の丁々発止のやりとりを思い出すだけでも楽しみで仕方がない。