2016.02.24
梅田宏明作品 『Movement Research – Phase』
作品紹介/インタビュー記事
2000年初頭Hiroaki UMEDAの名は、自身の体とメディア・アートを融合させた最先端の舞台作品をつくり出す第一人者として欧米に広まり、以降15年間、世界の主だったフェスティバルや劇場のほとんどで紹介されてきた。今もコンスタントに世界を股に駈け活動し続けている。この1年だけでもフランス・韓国・ベルギー・カナダ・ハンガリー・スウェーデン・ドイツ、そして日本と、世界8ヶ国でプロジェクトを行っている。梅田が構築したキネティック・フォース・メソッドを基盤に、プロフェッショナルなダンサーと先駆的なアプローチの振付作品にも注目されている。(WEBに資料有り)
先週末の「踊2」仙台公演の直後からカナダに飛び、モントリオールのFestival TEMPS D’IMAGESに出演するという。これを書いている今ちょうど公演が終わった頃だ。
これまでの世界各国での足跡、インタビューや公演の動画は、WEBに100本以上アップされている。
Holistic Strata – short version
日本人の振付家としてこんなにも世界でひっぱりだこの梅田宏明だが、逆に日本での公演は極端に少ない。今回、梅田さんが「踊2」で何をやろうと思ったのか、日本人ダンサーと始めたSomatic Field Projectの目論みは何なのか、聞きたいことが山ほどあった。巡回公演の3ヶ所目の仙台公演終了の後、梅田さんに話を聞く機会を得た。
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梅田さんの活動の場が、日本ではなく海外へと活路が開いていったのは、何故だったのか。
梅田さん自身の分析は明確だった。
「僕のダンスが既存のダンスをベースにせず、個人表現に走らなかったことで、欧米に受け入れられたのではないかと思う。」
梅田さんが大学で写真を専攻した1990年後半は、私写真が注目されていた時代。その頃、主流になっていた「“アートは自分を表現するもの“という風潮に馴染めなかった。」と振り返る。梅田さんは、これを<個人表現>、または<私表現>と表し、日本のアートが個人表現を求めることに閉塞感を感じていたと言う。確かに同意できる節もある。この頃から“ブログ的”なダンスに傾倒し始め、一般の人がアクセスしにくくなっていく兆しがみえていたと思う。この「踊2」を開始したのも、ダンス作品がパブリックに開かれるものにしたいということが大きかった。そんな背景のある2002年、梅田さんは横浜ダンスコレクション R で『while going to a condition』を発表した。
while going to a condition – short version
受賞したのは黒田育世さんと、矢内原美邦さん。梅田さんの作品は、受賞を逃すもディレクターのアニタ・マチュー氏の目にとまり「視覚的で、知覚的な経験。独創的で将来性のある若いアーティストの誕生」 と称賛され、フランスに招へいされることになる。ここから世界への扉が開いていった。
日本人ダンサーと始めたSomatic Field Projectを立ち上げた理由
梅田さんの第一印象は、クールで無駄なことは一切したくない徹底した合理主義者。なんだか日本に対してささくれだった感じが伝わってきた。だが、よくよく話を聞いていくうちに、理論家なのだとわかり、次に相当な情熱家なのだと確信した。まあ、そうでなくてはこれだけタフに活動できないだろう。だが考えてみると、欧米での活動だけで十分成立しているのだから、それだけで満足していいはずなのに、そこで終わらない。日本人のダンサーや日本のダンス界に一石を投じたいという強い熱意がある。
それはどこからやってくるのか。単に日本人だから、というだけではないのだろう。バレエでもなく舞踏でもない、西洋から期待されるオリエンタリズムでもなく、欧米の真似をするダンスでもなく、“日本人のつくったコンテンポラリーダンスで、オリジナルを世界発信すること”への欲求に基づいているのだ。
日本のコンテンポラリーダンスのオリジナルをつくる。そのためには、メソッドが必要。
今回の上演作は、振付のメソッドにフォーカスした作品。
梅田さん自身が体験したこととして、最初にコンテンポラリーダンスを始めた時、何から学んでよいのか、その基準が日本には見当たらなかったという。だから今、日本のダンスに必要なのは、個人表現としてではなく、価値の基準を示そうとすることだという。
「日本の中から、何故今までコンテンラリーダンスが継承されてこなかったのかと自分なりに考えると、バレエのような僕らが理解できる資料や方法論がないから。僕がメソッドにこだわっている理由はここにあります。だからムーブメントと振付のメソッドをつくっていきたい。それを論理化できれば、これをベースに皆がいろんなことができる。日本人だけではなく、世界の人たちに共有できるロジックがあれば、それが様々な世界のダンスに受け入れられて、コミュニケートできると思うのです。」
今回の「踊2」での日本人ダンサー4名の上演作品『Movement Research – Phase』は、振付のメソッドにフォーカスした作品となる。「踊2」で“ダンスの発明”を日本の若いダンサーと挑戦してくれることはとても光栄なことだ。
そういえば、「踊2」で初めて、巡回公演中の出演者が入れ替わることになった。通常は出演者を固定して作品をブラッシュアップしていく方針だが、梅田作品出演者の中で、全公演に出演できないスケジュールのダンサーがいたからだ。梅田作品が振付メソッドを開発するには、関わるダンサーが多いほど効果的だろう。そして何より、「全会場出演できなくとも若い才能に機会を与えたい」という梅田さんの熱意の表れだった。
仙台公演 リハーサル風景 photo:越後谷出
人の身体から原理がみえてくる。最終的には水に振付けてみたい。
ふと、「梅田さんて、もしかしたら人間の体の骨格とか、骨の動きとかを透視して見ていますか?」と聞いたら、「透視はしていませんが、表層的なものは信じないです。」と即答された。あまり驚かなかった。今回の作品をみていると、それが感覚として伝わってくるからだ。梅田さんの舞台上での人の扱いは、人間性や内面を見てはいない。社会性を持った人と人の関係をみせるのではなく、文字で書くなら“ヒト”という捉え方なのだ。梅田さんのデザインするデジタルな音と照明が、ヒトと呼応してしっくりくるのは、だからなのだろう。4名のダンサーは、舞台上ですれ違うけれど、決して互いに触れたり見つめ合ったりはしない。違う空間を生き、しかし互いに時空間を共有しているように見える。
「僕がダンスで表したいのは、自然科学に近い。ダンスをつくる時に、人と人じゃないものの区別をつけないようにしています。社会性とは関係ないところで、関係性をつくり出すことーそれが軌道を描くということだった。例えば、町で知らない人がたくさん通りすぎるけれど、ユングの共時性で言うところの、まったく無関係かというとそうではない。ダンスをひとつの生態系として捉えています。ムーブメント・動きそのものの根本要素を掘り下げていくと、人の体を超えたところで繋がるような“根本の言語”が、見えてくるのではないか。その言語を使って、最終的には人の体以外にも、例えば、水に振付けてみたいのです。」
テクノロジーをどう使うのか? 10年後の到達点。
梅田さんと話す前夜、テレビのニュースで、「アインシュタインの相対性理論から100年、実証する重力波の発見!」と報じられた。なんとなく、梅田さんがやろうとしているのは、こっちなんだろうか、と思って聞いてみると「近いですね」と返ってきた。
「僕は、テクノロジーで動きや作品を発見していくのではなく、テクノロジーの進化によりコントロールできなかったもの、認知できなかったもの、例えば宇宙の起源が見えてくるような、違う世界の見え方ができればいいなと思っています。それをダンスでやりたい。じゃあそれが何なのか、言葉で説明できるものではないけれど、実現したいビジョンはハッキリとあります。けれど、この方法でアプローチしたときに全てが実現できるかはわからない。だから作品で提示するのです。」
実は、プリミティブなものを作品にしたい。
欧米での梅田作品の評価は、決してテクノロジーで抽象的、日本的な美学としてのミニマムで削ぎ落とされたもの、というだけではなさそうだ。“ポエティック”であるということが共感を呼んだと聞いた。私はまだライブで梅田ソロ作品を拝見したことがないのだが、動画から、なるほどと思える。最先端のメディア・アートと共に、実はまったく逆の原始的な体が見え隠れする。梅田さんの美学は、一貫して、個人表現になることを回避し、暑苦しくなることを嫌う。人間が体で踊るダンスは、表現しようと思えばダイレクトに感情が出てしまうから、それはtoo much という判断。やりたいことは、表層ではなく見えない深部をダンスにしようとする試み。
「実は最終的には、僕が表現したいのは、非常に内発的な衝動とも言えるような、プリミティブなものを作品として実現しようと思っています。」
アインシュタインの理論が100年後に実証されたように、梅田メソッドが世界の基準となるまでー目標は100年じゃなくて10年後。それまでSomatic Field Projectの進化は続いていくのだろう。その初めの段階が今だとすれば、この「踊2」は歴史的な1場面となる。