踊りに行くぜ!!

報告するぜ!!

2015年2月5日
僕はどんな観客でいようか。平間文朗「杜」について。

2015.2.2 
仙台・メディアテークにて

テキスト:飯名尚人
取材写真:植地美鳩

仙台では、仙台発のダンス作品の発表に力を入れている。昨年の菅野光子作品「まつりのあと」に引き続き、今年もまた地元作品の発表がある。(C プログラムと呼ばれている。)地元作品といっても、趣味でダンスやってます!というハッピーな生い立ちから生まれた作品ではない。どうやって作家自身が暮らす仙台で、ダンスを、表現を生業としていけるか、自らの表現は他者に受け入れられるのか、ということを真っ向から考えている若者たちの作品である。表現者であれば世代を問わず誰しも抱える葛藤を、当然ながら彼らもまた持っている。

この取材をしたのが本番1週間前。どんなことを考えて、どんなことをやろうとしているのか、聞いてみた。

作品ページはこちら ↓
https://odori2.jcdn.org/5/artist/c01.html

さて、まず、平間文朗さんというのがどういう人か、僕の主観で雑に書いてみると、、、

・どうやらデンマークの鬼才映画監督ラース・フォン・トリアー「ニンフォマニアック」を観に行こうとみんなに誘っているらしい
・ベルギーの振付家・演出家アラン・プラテル「憐れみ」に心からの感銘を受けたらしい
・強気なのかと思いきや、普遍的な臆病さを持っている様子

なんて書くと、本人から「えー!雑ー!」って言われるかもしれないけども、ラース・フォン・トリアーが面白いと思うあたりは、ドSの変態、という領域に片足突っ込んでいるかもしれない。一方でアラン・プラテルに感銘を受けるほどの繊細な人でもある。ラース・フォン・トリアーとアラン・プラテルの共通するものは何か?と探ってみると、日常に潜む人の心の奥を比喩的・擬似的に見せるのではなく、生身の人と人との関係によって描き出そうとする、ということか。当然残酷さも表出される。人間の心の奥を露出させるのだから。なんて勝手に考えてみると、なんとなく分かる気がする。
なぜなら、僕もラース・フォン・トリアーとアラン・プラテルが好きな臆病モノであるからだ。


Photo:Izuru ECHIGOYA

WEBの作品ページを見ると、このような不思議な写真が表紙になっている。夜の森で、男女四人が木によじ上っている。懐中電灯で照らしたようなハイコントラストな照明(ストロボ?)の中に浮かび上がるのは、夜行性の動物を撮影したドキュメンタリーの動物写真のように、ギラっとした野生の凶暴さを感じたりもする。左で木に伏せているのが平間さんであるが、だらりと下がった腕が蛇のように見えて薄気味悪い。何かに怯えているようにも見えるし、待っているようにも見える。盗賊のように見えるのは、作務衣のような服を着た高橋勅雄さんと高橋亮さんの待ち構え感か。画面中央に倒れ込む大きな樹は僕の行く手を阻む。この先には行くな、とも言われているようだし、この先にあるものを見たいか?と聞かれているようにも感じる。何にせよ、この四人の感情が読めないのである。理屈の通じない人というのは怖い。野生の動物の怖さは、人間の理屈が通用しないからだろう。ここで言う理屈とは、論理的な言葉のことだ。四人はまったくお互いの意思統一がないようにも感じる。別々の種の動物のように見える。つまりこの写真は「なんとなく怖い」のである。
「森」ではなく「杜」である。目に見えない動的な生命体が潜んでいてもおかしくない。
この「怖さ」と「意思統一のない個々の感じ」が何なのか?もしかするとそこがこの作品を読み解くキーワードかもしれない。

仙台メディアテーク。1階のカフェは天井も高くて、壁も無いから音が拡散して賑やかで、人の往来も止むことが無い。テーブルの向かいの平間文朗さんがボソボソと語り始める。隣のテーブルの人々の声にたまにかき消されながら。


平間「美しい表現というのを探っているんです。僕が感じる美しさです。例えば、和太鼓の演奏を聞いたとき、その圧倒的なパワーというものではなく、そぎ落としていったときに残るものという感じが、僕にとっての美しさでもあります。楽器を増やしていくということではなく、ひとつの楽器、ひとつの太鼓を叩くというシンプルなこと。作品の構想の段階で、生演奏が出来る人を探していて。生演奏の太鼓というのが僕の中にこれまでにないものでした。僕は5歳からクラシックバレエをやっていて、そこから飛び抜けてみたいと思ったんです。和太鼓の力を借りて、行けるところまでいってみよう、と思ったんです。

” 死 ” というものがテーマにあって、稽古で ” 死 ” を前にしてどう叩くか、ということをやってもらったんです。僕にとっての ” 死 ” は、自分の存在が無くなるということが怖い。って、そういう風に和太鼓の高橋さんたちに伝えた。そしたら彼らは 「元々、和太鼓を演奏するときは、神様に捧げているような感じ。だから死ぬときは、召されている、というような感覚なんだ」と教えてもらった。ああ、全然僕と感覚が違うんだ!って感じたんです。他のシーンでも、同じような作業で「僕はこう思います」「いや、僕はこうだ」「じゃあ、違うモノを出してみてください」というやりとりで作っています。やっていくうちに基本となる見た目のフォルム、構成が出来上がってきた。今の段階はまだ、そのフォルムを並べてみたという段階で、僕の感じた「死」とか「恐怖感」というものまでは辿り着いていないと思う。きっと、みんなもまだ分からない。それでフォルム、入れ物は出来たから、その中をこれから入れて行こうよ、という作業がこれからの始まるんです。」

話し込んでいくうちに、不思議と平間さんの声のボリュームが大きくなってきて、よく聞こえるようになった。


「神というようなことは、それが宗教的なことだとして、僕の中にはそれがないんです。逆に無いことが拠り所になっている。死んだら終わってしまう、ということに生きる価値を見いだしているのかも。芸術的表現に、宗教に代わる拠り所を求めているんです。

それぞれ生きていると、それぞれの社会があって、考え方もいろいろある。全部合わせる必要もないかなと思う。個々の考えで生きがいをみつけて生きて行ければいいかなと思うんです。統一するのではなく。神様のために踊る人もいるだろうし、僕のように死に対して苦しむという人もいるだろうし。出演の川畑えみりさんは 「自分が居なくなるということは、社会との繋がりが切れることでもあるから、もしかしたらスッキリする感覚になるかも」 と言われて、そのことに僕はビックリして、でも納得もしたんです。それぞれの人、それぞれの価値観がそのまま舞台に出て来るといいと思っているんです。」

神はどこにいるのか。あそこにいるという人もいれば、いないという人もいる。見たことがあるという人もいれば、私が神だと言う人もいる。もしかすると、それは神という言葉ではなく、怖れ、という感覚の置き換えとして「神」と言っているのかもしれない。目に見えないもの、しかし、感覚としては確実にあるもの。僕はそういう「形の無いもの、名付け得ぬもの」を体言できるのがダンスだといつも思っている。アラン・プラテルもラース・フォン・トリアーも、そういう「奥」を描いている。もちろん両者はキリスト教を基盤とした価値観であるように思う。平間さんの今回の「杜」は、どこなく神道的に感じる。仏教が日本に入って来る前のもっとプリミティブな信仰心。かつて蛇とか狐とか犬とか、動物たちが神として祀られていた時代。それが森ではなく、杜である。

決して「和」の作品とも言えない。というか、そうなってはいけない作品である。日本が発信する「ガイジンが好きな和」というのは、あらゆる広告的戦略が駆使されたサイード的オリエンタリズムの巧妙な逆利用ともいえるけども、無自覚にサイード的オリエンタリズムを演じてしまう傾向もあって、そこにはこの作品が目指す「杜」は無い。ところが「もしオリエンタリズムだとしても、それでもいいんじゃないか、自分の美的感覚が実現できているのなら」と、平間さんは思うのだろうと察する。


「実は、5歳から始めたクラシックバレエにも馴染めてなかったんです。女性ばっかりの世界でしたし。孤立していた、さびしかったですね。あんまり話せなかった。女性に対する僕の勝手な幻想、そういうのがあったのか、女性と話すのが苦手でした。それもあって、どうやったら男の人がダンスをかっこいいと思うだろうか、とか、ダンスをする男の人が増えないだろうか、とか、そんなことを思うようになった。子供の頃、バレエに行くってことは、その時間みんなと会えないわけです。バレエやってるって自慢にも聞こえそうだし、人と違うとかそういう風に思われたくなかったから、ダンスのことはあまり話をしなかった。ダンスは、得意でもあり、同時にコンプレックスでもある。そのことにようやく自覚が出てきて、それを強みにしようと思い始めたんです」

バレエに対する反発、ではなく、自らの閉じた環境を広げて行きたい、ということなのだと思う。単に「バレエじゃなくて、コンテンポラリー」ということではないダンスへスタンスは好意的だ。生い立ちというのは、表現に表れてく。それは正しいことなのだ。得意でもあり、コンプレックスでもあるダンスとどのように対峙するのか。しかし平間さん以外の3人は、あるいはこの作品に関わってきた人たちは、どうだろうか。各々に抱えた生い立ちがあるのは確かだ。
演出家ひとりの価値観や生い立ちで作品を仕上げて行くことよりも、出演者全員の価値観や生い立ちが乱立し、入り乱れて行くことの方が奥行きが生まれることは確かだろう。乱立をまとめていくという矛盾をやり遂げるのが、演出の仕事だ。


「フォルム・形は残すけども、僕のメッセージをもう一回読んでもらって、その言葉について、どういうイメージを持つのかをみんなに聞いた。
僕の感じる恐怖感というのは、夕暮れの太陽のおどろおどろしさとか、樹が変な形だったりとか、どんどん恐怖がグググッと凝り固まってくんです。でも川畑さんは、ワクワクする、と言んですよ。全然僕と違う、面白いなって。もし僕の感覚に共感できることがあればそれを使ってみてもらおうと思ったけど、実際、共感はされなかった。だから、それでもいいと思った。僕の振付けたフォルム・形を、それぞれがどういう感覚で受け入れるか。そういうことでいいと思ったんです」

「じゃあ、みんなで自由にセッションしよう」ではない。そういう作品があってもいいけども、すでに「杜」と名付けられた何かがあって、そこに各々の価値観で向かっていくのが作品というものだろう。その方向を付けるのがディレクターの役割だ、と。
「杜」と名付けちゃった以上は、どんな「杜」を観られるのか、それは観客全員が期待する。「よぅ、俺にもその杜ってやつを感じさせてくれよ!」って。


「オープンになるというのが、一体どういうことなのか、まだ僕には分からないところなんです。僕はそういうところがダメなところで、オープンな人に会うと罪悪感を感じてしまう(笑)。受け入れてくれる人に対して、「ああ、なんだか悪いな、申し訳ないな」とか思ってしまう。自分って嫌な人間だな、って思ってしまう」

寛容な観客なんていない。しかし、もしかしたら本当に寛容でオープンな観客に囲まれた時、実は作り手は焦り、額に汗し、自分を問い正すかもしれない。

じゃあ僕はどんな観客でいようかな、と思ってみたりする。

(了)

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