報告するぜ!!
- 2014年12月16日
- 目黑大路「ナレノハテ」出演者に聞く(前編)
2014.11.19
森下スタジオにて
テキスト:國府田典明
2014年の11月下旬。今年も踊りに行くぜセカンドの報告するぜを書きます。私の最初の取材は、目黑大路さんチーム。稽古場として提供されている森下スタジオ(東京都江東区)に行ってきました。
森下スタジオについて、簡単に触れておきましょう。
森下スタジオとは、この企画の協力団体であるセゾン文化財団が運営する稽古場施設です。公演が行える程の大きなスタジオや、滞在制作ができるような宿泊施設も数年前に整備されるなど、舞台に関わる人にとっては重要な施設といえると思います。踊りに行くぜセカンドでは、特に東京で制作を行うチームに稽古場として提供されています。(私もここで稽古した時は、贅沢だなあと思いました。)
この日、JCDNに割り当てられていたのは、新しいSスタジオ。そのラウンジをお借りして、
「ナレノハテ」出演の目黑大路さん、佐々木治己さん、中西レモンさんの三名に話を聞いてきました。
ー今回の出演メンバーとの関係は長いんですか?
目黑(以下:目):長いですね。佐々木君とは、アスベスト館という所で。いつくらいだっけ?
(※アスベスト館は、東京目黒にあった、舞踏家土方巽氏の活動拠点となった場所。土方氏が死去した後は、妻の元藤燁子氏が中心となり運営された。2003年まで。)
佐々木(以下:佐):2001年の6月にアスベスト館で演劇集団の旗揚げ公演して、元藤燁子さんからアスベスト館の演出をやるように言われました。目黒さんとの出会いは、アスベスト館の新人発表会に目黒さんが出てて、そこではじめて会いました。
目:じゃあ2001年かな。13,4年前。結構古いですね。
佐:アスベスト館では、僕が演出を担当して、目黑さんはダンサーで何度も公演しましたね。アスベスト館で最後に僕が演出したのは、青山スパイラルホールで、土方巽メモリアル「大鴉」でしたね。(大鴉は元藤燁子、大野慶人、目黑大路が出演者)
目:中西君とは、神楽坂のdie pratze(ディプラッツ)という劇場でした。
佐:僕が中西君と出会ったのは、2003年のハイナー・ミュラ・プロジェクトの時。
中西(以下:中):その後、M.S.A.Collection(ディプラッツ主催)で佐々木君のところが「私たちは何をしているのか分からないが何かをしている。」という公演をするんですよ。その時僕は会場だった麻布die pratzeに小屋番ではいっていてその公演を見せてもらったの。そしたらこの公演が僕にはとても新鮮に感じたのね。それでこういう舞台を作る凄い人(佐々木)がいると思って、終わってからバーラウンジで声かけたの。僕が一言声かけると、佐々木君わーっとしゃべるんですよ。これはちょっと只者ではないな、って。(笑)
目:俺が見た作品はいつやったの?
中:ダンスがみたい新人シリーズに出た時ですかね。僕ね、3回くらい出たんだけど、最初の2004年かなぁ?
目:それがね、変な作品でね。訳わかんなくて良かった。あれは、嫉妬しましたね。面白い作品だったんですよ。ぜんぜんダンスっぽくなかったもんね。
中:あ、2005年かな?まめッことか、高円寺で音楽やってる面白い友達がいたんで、この人たちも舞台に出してやれと思って。出演者のほとんどがダンサーじゃないっていうね。(笑)
目:中西君は絵描きだったからね。今回のイメージ(チラシに載っている)も彼が選んで。
ー目黑さんはアスベスト館に入ってから身体表現を始めたんですか?
目:そうですね。アスベスト館のワークショップに参加して。
佐:(土方巽の)上映会とか見てた?
目:俺は見てない。
中:僕は見に行ってた。2000年頃ね。
目:その時に、いろいろなワークショップ受けてた。舞踏だけじゃなくて、スタッフワークとか、批評家、美術家が来てとか。それが始まりですね。
中:僕は目黑さんを舞台で初めて見たのは、Ko & Edgeですな。
(※Ko&Edge Co.は、舞踏家 室伏鴻氏のユニット。)
ー目黑さんは、踊りに行くぜに2010年に出演していますね。今回(踊りに行くぜセカンド)は、その時と制度としても違いますが、この企画に期待する事ってどんな事でしょうか
目:前は出来上がっている作品をやる感じだったので、全然違いますね。つくる場が提供されることは、とても良いですね。実際に助成をもらって作品つくるのって初めてなんですよ。お金ない所でやってきたから有り難みがわかります。
佐:30分は少し物足りない感じがありますが、助成額なども考えると、バランスはいい。10人の作品となると色々と足りなくなるかもしれませんが。
ー目黑さんは今は鳥取で生活をされていますが、制作環境はどうですか?
目:廃校になったスペースが市民が申請すれば使えるので、そういう所を使ったりしていますね。あとは公民館とか。
ー制作のペースはどんな感じですか?集中してつくる感じなのか、他の時間を取るようにしているとか。
佐:僕はできるだけ劇場や稽古場で集中するよりも、外をふらふらしながら考えます。外からの影響が大事ですね。舞台とは全く関係ない仕事もしたりとか。できるだけ(作る事を)引きずったまま、切り替えない。
目:東京に住んでいたころは散歩でした。東京は歩くと面白いじゃないですか。今は猫と遊んでます。
ー猫と遊ぶ事と作品はリンクする事もあるんですか?
目:あります。猫じゃらしとかに夢中になっている猫なんかはかなり面白いので。
佐:中西君は?神保町巡り?(笑)
中:うん。(笑)まぁ、だいたいぶらぶらしてますね。それがいいですよ。散歩しに行くのがね。
ーそれは何かを感じてるんですかね?それとも考えないようにしてる?
中:ぶらぶらしてる時って、案外ものを考えるもんですよ。意識が外に向かったりうちに向かったりしているうちに考えようとしなくてもなにかしら考えだしちゃうのが、たぶんぶらぶらしてるときですね。
佐:ぶらぶらしている時に、気になった対象との利害関係をいかに構築するかなんですよ。利害が生まれる関係にならないと自分にとって都合の良い部分しか見ない。利害関係とわざと言っているのは、例えば、利害というもう一面を増やしてみるということなんです。自分にとって不都合な面、つまり、相手からの要求ですね。表現者は上澄みしか見ないですね。
中:じゃあ、僕も表現者だ。(笑)
佐:興味対象を探し回って、写真だけ撮ってちゃだめですよ。
中:(笑)たまに写真撮りますね。
佐:中西君、きわどい戦場カメラマンみたいな撮り方するから、あれはあれで、危険な関係が生まれますよ。(笑)
中:そんな事もないですよ。(笑)
佐:3人で居ると、出会ったものの話をよくしますね。
中:それはするね。「こういうのに出会った」っていうくらいだから、どこかしら日常性から少し浮き出ている、はみでちゃってるように思える何かしらに出くわしているんでしょうね。それはなにか落ち着きどころを逸している状態なのかもしれないし。
これまでの、踊りに行くぜセカンドの作家としては、最も舞踏との関わりが強いといえる目黑さん。作品の作り方、興味については後編で。
出演者の佐々木さんと中西さんは、質問するといろいろな話をして下さいました。普段も常にしゃべっているという印象。その二人のやり取り(掛け合い?)を、目黑さんが落ち着いて見ている。この二人のやり取りは、さながら稽古の一つなのかもしれません。内容はどうでも良かったりするのですが、話を反射的につくっていく、演出していく感じは、舞台人の性でしょうか。目黑大路クリエイションドキュメントでも、この二人も書いてますのでご覧下さい。雰囲気が伝わってくると思います。作品には、どういう影響があるのか。https://www.facebook.com/odori2meguro