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村山華子作品クリエイションブログ

04.23

春の嵐

昨夜から、東京は嵐です。
嵐に合わせるように、ぜんそくがひどいです。背中と腰に痛みがきます。
自然がそうなら、わたしもそうなんだろう、今日は家にいようー、と。

そこで、最近きになった2冊の本を眺めました。

一冊は、けっこう共感、一冊は、ちょっとだけ違和感 を感じた、2冊です。
「一銭五厘の旗(昭和46年初版)」と「世界を救うショッピングガイド(2009年初版)」。

戦後の日本人の意識が、弱者から強者になった、
物質的な豊かさが、そのまま人の 強・弱 と認識された、
その変遷を感じさせる組み合わせな気がしました。

ショッピングガイドには、フェアトレード商品が詳細に掲載されています。

わたしがフェアトレードに興味を持ったのは、2004年のこと。
友人が会社を立ち上げ、エクアドルのコーヒー農園とのフェアトレード商品を売り出していました。
そのコーヒーやチョコは、他のものよりおいしくて、パッケージがかわいくて、
アクセサリーが自分の肌の色に合っていて、うれしかった。

うれしかったから、飲んで食べて着けて楽しんだけど
フェアトレード、という言葉については、考えていました。

だって、人同士ってどんな状況でも、あくまでも、もともと、フェアだと思う。
一人で生きてるなんて、ありえない。もともと、役割分担してみんなで生きてるはず。
それは、どんなに都市化した場所でもそう。
それは、雨が雨単独で、いきなり空中から現れて降ることがないのと同じだ。

友人の場合は、エクアドルの○○さんっていう人と一緒に何か、というところから
始まったと聞いていたから、そのつながりは、フェアトレードと呼ばれなくても
もともとフェアであって、すごく自然なつながりだと思っていて。

わざわざ、フェアとつけなくてはいけない、トレードがある背景に、
もともとフェアであってもらってはよろしくない、と思う物質的な強者、が見え隠れしてる気がして。
あー、なんか気持ち悪いなぁー、と。

ショッピングガイドを眺めたとき、「助けてあげよう」という言葉が目に入った。
買い手は、自分だけは、死と隣合わせにならないし、死なないと思っているのだろうか。
もちろん、そういう商品だけが掲載されているわけじゃない。
カラダや環境に負担がかからないものが欲しい、と思ったら、すごいよい買い物ができると思う。
普段から、カラダや環境の死に直面している人達のつくったものほど、よくできているものはないと思える紙面もあって。

特許庁意匠課に勤めていたとき、医療機器のデザインの調査仕事をしていた。
毎日大量の資料を、機械的に審査するストレスはあっても、なぜか、医療機器はいやじゃなかった。

死や傷、痛みと毎日直面する現場から生まれるデザイン。
死に直面する痛みは、どんなに経験しても薄れないんだなと思った。
頭を切らないでも手術できるカテーテル、痛みのないインシュリン注射機
カラダの痛み、心の痛みをすこしでも、和らげたい、ともに背負いたい、という願いが
日々、大量に形になって、図面におこされてくる。

生活がぎりぎりだったり、常に死と隣り合わせに生きる人達、死に行く人達が望むとすれば、
物質的に持っていること、を「豊か」とする人達に、
明日、体をうしなっても、つまり、物質的に死んでも、悔いがない状態を望む。
今を図々しいくらい生き生き、生きたい、その思いを共感してもらうことを望むと思う。

体を持たなくなることを、死とするなら、
生き物の死亡率は100%。自分だけが死なないと思ってほしくない。
だから、今生きてることが大切だ。そう思ったら、何をするかな。

私の場合、好きに生きることを選んでると思う。
だから、東京での生活、って面でいれば、すっごい大変です。お金にならないし。
でも、今は、ぎりぎりまでお金にならなくてもよいことを選んでるし。
もちろん自然にお金になってくこともある状態。

買いあさるように、自分から取りにいくことはしたくない、
けど、自然に巡ってきたものは、受け止めたい。

去年の春夏は、お金も食べ物もなくなって、「東京で飢餓」という言葉が頭をかすった。。
お金をとりにいくこと、そうしないこと、さまよった時期。
でも、体にくると、これはヤバいと思って、
でも、一人でガツガツお金をとりにいくんじゃなくて、
そうだ、まず、人に助けを求めようと思いました。
「このように困っていて、助けが必要です。」
助けてもらえるときもあったし、助けてもらないときもありました。

人をたよってみる。利用するんじゃなくて、信じて相談してみる。
そっちの方が、精神的に豊かだと思うし、それをキープしたいと思う。
信じて裏切られることも、たしかに多くある。ほとんどそうかもしんない。
でも、今、私が生きてるってことは、信じてよい人や状況も同じくらい、いやそれ以上に
あるってことかもしんない。

きついなーと思っても、「たーいへーん」と、とりあえず笑い飛ばせてるし
そういう人間が、東京に一人でもいることが、なんか、必要な気がする。

毎日作品をつくって、踊ろうと思うし、描こうと思う。
せきの痛みが、もー、背中にも腰にもくるし、体はいたって不自由だけど、心のままに踊る。
踊りがきつくなったら、手だけでも動かす、あとは、歌うか!体をゆらしてうたう。

すごく、シンプルなんだな、と思う。
これは、もう一冊の本、「一銭五厘の旗」をつくってはためかせた人の
こころなんじゃないかな、と思った。

あたしはここで図々しく生きてるぞー、と旗をふりたい。
ありあわせの布でも、センスでいいかんじの旗にする。
いままでだって、どーにかそうやってきたし。

チラシのモデルで海に行ったとき、小道具に旗をリクエストした。
カメラマン大橋さんと話して、「わざわざつくらないで、今あるものでやろう」となって、
衣裳もやめて、その日着ていった服で、その日巻いていた99円のストールを、海に向かってふった。
「おーい、ここにいるぞー」と。海風でふらつつきながらも、気持ち的には仁王立ちしました。
振替公演のチラシ、その写真が載っていた。なんかうれしいな。

明日から、森下スタジオで稽古がはじまります。
というか、振替公演が決まったこともすごい大きいけど、立派なスタジオまでついてきちゃった。
おー、これ、すごいよー。でっかいプレゼント巡ってきたよぅー、と思って。
もうこれは、セキしながらも、好きに踊るしかないな。


04.14

「絶対」は、もう、ゆらいでる

絶対に自分を裏切らないもの
お金、仕事、作品、子供、、 それは妄想にすぎない。

絶対に自分を裏切らないもの、それは、自分自身でしかない。
自分を信じることができれば、人も信じることができる。

全力で、目の前の現実にむかい合うこと
出会う、人、出来事を、感謝と尊敬を込めて、謳歌すること

上は、あっこさんに昨日いただいた、誕生日プレゼント。
「はな、さくさくさく」おせんべいと、
「華」のイメージのタオル。
ものすごく、自分のイメージにぴたりで、
「あー、わたし、今日、新たに生まれたなー、」という気持ちになりました。

誕生日が近い晴ちゃんのプレゼントは、わたしと対になっていて、
「春、るんるんるん」というお菓子と、「晴」のイメージのタオル。

あっこさんは、ばっちりなものに出会う能力がある。

昨日は、ミーティングをしました。
母晶子、姉晴子、妹華子女3人。振替公演への段取り決め。
作品というフィクションの枠を超えて、
家族的なつながりが、現実になってきていると思う。
盛り上がりました。おしゃれな言い方で、ガールズトーク。
事実上は、女同士、腹割って話そうぜよ、、、という空気か。

その後、夜中、親友エリカと話し。作品と人生について。
今、まさに、花咲いてるなーいい波きてるなー、と思う女子の仲間。
しかし、話っぷりは、雄々しい。お互いに。
切る前は一礼「ありがとうございました」。
なにか道場の仲間みたい、いいかんじにサムライ入ってると思う。お互いに。

 

そう、家族というテーマ、それから誕生日ということから
「名前」の話をしました。

わたしが、いままで、父にもらって一番うれしかったのは「華子」の名です。

人のこころに花をさかせるよろこばしさ、、
「華」、父はわたしに出会った時、直感でそういう空気を感じ取ったんだと思う。
それは、父の願いでもあり、でも、私が生きる事で
それが、現実になる。

今、わたしには、いっしょに生きてくれる仲間がいる。
逃げずに真摯に、現実と向かい合う。
みんな、そろって美しく、元気でかわいい。強さも、弱さも持っている。
わたしたちには、未来がある。

花が咲いている。
そこにどんな虫が、どんな花粉を運んでくるか
楽しみにしていよう。 秋の実りに備えて。


04.06

言葉になってきたこと

八戸ー福岡ー伊丹ー とまわり、
東京公演本番の日に、地震が発生しました。 まだ、ツアーが終われない。そう思います。

数日、それでも作品をつくって生きる必然性について思いをめぐらせました。

ずっと、なにか言いたかったけど言えなかった。
きっと、わたしは、作品で言えているであろうことを
素の自分として言葉に発することがなかなか出来ないでいた。
なぜ、言えなかったのだろう。

それは、作品の世界内で言えていることを、日常のリアルとして感じ得ていなかったから。
フィクションのままのような気がした。
ダンスが現実にならない、わざわざ表現しにいかなきゃならないダンスになってる。
つきうごかされて踊るダンスではなく、一生懸命踊りにいくダンス、、
それは、自分がやりたいことじゃない。
やはり、作品は日々生きることの結果なんだと、実感しました。

今回のカレイなる家族は、素の私、日常に対する
願いも込めてストーリーを考えました。

子供時代に、私が感じ取った
人のこころが死んでしまう風景、自分もそれでココロを失いそうになった孤独と絶望
なんていうか、顔の見えない集団、社会に対しての一個人ってやはりとても弱いこと
あおられやすい人の心がある、そのリアリティを、人に共有してほしかった。
でも、同時に、強い面もある。ひとは、けっこうタフでしたたか、
案外ひょんとしたことで、失いそうな心を取り戻しにいく。
その強い、生命力みたいなものを信じたい気持ちがあった。
そういう強さに、出会ったような出会わないような、、、
自分のなかにも、ないようであるような、、
日常で稽古で、どう信じにいけばいいのか、さまよっていました。

それでも、作品をとにかくつくろう、とまず動いてみたことは正しかった。
信じにいくのに、自分ができることが、去年の7月は作品しかなかった。
ひとりでこもっていても、わからないものはわからない、人にあたってみようと。

で、今こうして、言葉を発せられてること自体が、
信じたかった生命力に出会っていることなんだと思う。。
それは、自分のだけじゃなくて、まわりの人達のも。

地震のあと、数日でみた光景
スーパーにもコンビニにも荒れた棚がみられ、
人が何かに気持ちをあおられて、先をあらそった跡がある。

見えない集団の空気、にたいして、一個人はやはり弱いんだと痛感した。
わたしも、こわかった。けれど、その恐怖は自分の中からきていないとも思った。
見えないなにかにあおられて発生するこわさ。
マイペースを失っちゃいけない、とおもった。

それから、互いに声をかけって、一個人どうしがつながろうとする行動が自分のまわりで
起こりました。ツイッターやメールを駆使して。
テレビはオフにした。顔の見えないマスメディアではなく、顔を知ってる一人、の
信頼性にお互いが助けられてた。
そうやって、こころを保とうとする人達が確かにいた。

心を失って生きることをひとつの死とするなら、
その死ととなりあわせに生きることほど、人を生き生きとさせることはないのかもしれない。
でも、そうなるには、一人ではないってことを実感する必要がある。

人のこころに後押しされるように、自分のなかから、
ずっととじこめていた言葉がでてくるのがわかって、
これまでも、ひとの真心に支えられてきたんだと、ひらめくものがありました。
ほんとに、ひとりじゃなかったんだ、と。

心を失って死んだように生きる、人を押しのけてただ生き残るために生きる
それも人のひとつの姿。
けど、それに向かいあい、立ち上がろうとする人の姿を
強く、美しいと感じるわたしがいる。そうだった、今までもそう感じてきてたじゃないか、と。
自分が美しいと感じたものを人にやはり、伝えていたい。伝えることで生きていたい。
ひとりではできないことが多すぎる、だから、まず人に一歩、発してみるために
駆け回ろうと、そのために日々、健康でありたい。


02.12

ひとりのからだではない

あー、寒い。 です。
わたしは、東京にいますが、もー寒い、あー寒い。
さむいさむいさむい〜
と何度でも言ってないと、冬眠状態になって、
口がうごかなくなるんじゃないかと思うくらい、寒い、です。

でも、この容赦ない季節の力、
余計なことをあんまり考えなくさせる自然の力は、
ここ最近の稽古場に、自分に、とてもよい影響を与えていると思います。

極端な寒さも暑さも、
人はほんとは、とてもシンプルに、自分の感性、感覚で生きていることを
思い出させてくれます。だから、きついけど、どこかゆかいな気持ちです。

はい。 で、今日はちょっと、思いがつらつらです。
たぶん超長いですが、よかったらおつきあいください。

寒いからほんとうは寝ていたい。
でも、稽古場で、このメンバーとお茶をのんだり、話をするのは好きだ。

声にだして、メンバーが言うわけではないけれど、
こういう、正直な空気って、やはり、人同士なんで、ちゃんと受け取れます。

もともと、こういう「ぶっちゃける」感じを大事にするメンバーではあるけど
さらにもう、おたがいかっこつけることさえムダだ、と少しずつなってきていること
いいかんじに力が抜けていくかんじ。
こういうのは、わたしにとってもおそらくメンバーにとっても超ウエルカム、
「あー、きたきた。」という空気なんじゃないかと。

わたしは、こうなるとうれしくて、
心のうちでは(多分、外にも出てるけど)、もうはりきってしまう。
でもって、あったかいお茶も甘いものもおにぎりも、稽古場に持っていきます。
(みんな、ちゃんとお茶とか持ってきてるけど、、、それでも持ってくことに意味がある、、はず。)

人をシンプルに正直にさせてくれる、極端なくらいの自然は
やはり、人にとって、とても必要なものなんだろうと思います。
そして、同時に、東京で暮らし、作品をつくることについて深く考えました。

感性や感覚で感じとったものごとよりも、
社会ですでに決められているきまりや概念をふまえること、
それらを優先させなくてはいけない状況に
自分もまわりも、いかにさらされているか。

稽古場は、空間でいえば、いわゆる社会から、
いいかんじにはみだしている場所なんだと再認識しました。

場所として、お金も払って借りてるし、社会的に堂々とその空間を手に入れているけれど、
その空間のなかでは、人は、感性や感覚のみの会話をしてよい前提がある。

ダンサーは、基本的には、社会と稽古場の空間を移動するときに、
ちゃんと、感性をどう開くかという点でも、切り替えができる人たちなんだなと
稽古を通じて思いました。

しかし、同時に、ダンサーのみの人格で生きていくのは、
社会をふまえて生きていこうとすると、とても難しいのだろうなとも感じました。
やはり、切り替えきれない部分もある。
私自身も、切り替えられてない時、今もあると思うし。

ただ、私の場合、今回のクリエイションの機会が与えられていること、あと、
いろんな出来事の中で、
あーこれは、社会から全身全霊はみだしたな、とあきらめたことがある、とか、
多分、性格的なことも手伝って、まわりから、
アーティストとしての人格1本で許されている、というか、、
いわゆる社会人とアーティストを使い分ける必要が
ほぼなくなってきている状況にあると思います。

だからこそ感じることなんだろうけど、
ダンサーが時々、どこか不自由に見えてしまう瞬間がある。
それは、大きく言えば、「ダンス」という枠の中であるから、
ダンスが踊れるという意識を自然に、多分無意識に、持ってしまうこと。
そこに、あまり疑問を持たないでも、過ごせてこれてしまう環境にかこまれていること。

この点は、美術をとりまく環境でも共通する出来事だから、
なおさら、あー、なんかわかるな、と思ってしまう。
たとえば、、、
「美術大学を出ているから卒業しても絵を書いています」みたいなことだ。
美術って何か?と考えたら、ほんとは美術という枠はないはずなのに、
美術大学で経験したことが、いつのまにか、その人にとっての美術になってしまう、みたいな。
別に、美大をでて料理人になってもよいわけで、、
そこ、不自由になる必要ってあんのかなー、とぼんやり思ってしまう。

ただ、そう思っても、自分から何かをしかけようとか、何をどうしたい、と思うことが
わたしは、おそらくほぼないです。
しかし、思えばダンスに出会ってから、
自分が動くべき場ときっかけが与えられている。。。
それは、ほんとに、「縁」としかいいようのない状況でわたしのところに来ている。
だから、縁を受け止めて、今は必死に自分の行動を探っていってる状況なんだと思っています。

でもって、まず、稽古場でのコミュニケーションでは、
経歴や肩書きはいっさい必要ないとあらためて思いました。
これは、もともとの大前提のはずなんだけど、、
でも、あらためて、ダンスの作品をつくっているからといって、
誰が何年バレエをやってきた、とかいうことは、ふまえるけど、
こだわるべきことではないと認識しました。

ここからは、自分に向けて書いてるようなものですが、、

なんていうか、社会でとりあえず生きていくなら、
人の肩書きや経歴はふまえなければならないし、
おそらくみんなは、私よりずっとそこを踏まえる必要のある生活をしているし、
その生活を大事にもしている。それは、とても大切なことだ。

だから、そういう人の背景も配慮した上で、
コミュニケーションを工夫する必要がある。どちらが正しいという問題でもない。
違いを踏まえた上で、歩みよるかんじだろうか。
人のことを考えて行動していくのは、とてもクリエイティブなことだ思う。
今までのように、映像や、絵の具や、布相手では、わたしは経験しなかった新しい出来事だ。
どこかわかっているようで、何もかもが経験として、新しい。

これからの私の仕事は、
ダンサーにダンサーとしての動きを求めるのではなくて、
ひとりの人間としての表現を求めること、になるんだろーな、と思う。
でも、求めて、返ってこなくても、それもOKなんだと思う。
おたがいをさらすやりとりがあったことの方が、なんか、大事だ。
そういう時間が、舞台に乗ればいいと思う。

たとえば、「感謝」を表現して伝えたい場合、
「それは握手をすればよい」という答えがかえってくるとする。

ただ、そこであえて、しつこいくらい粘ってみたいのは、
人は本来、握手という形から感謝を感じとってるわけでもなくて、
でも、ありがとう、は伝わることがある。
そうやって、人のこころを動かすのは、何か、ということだ。

握手する行為は、ひとつの記号で、
どういう気持ちが、その人の手を前にのばさせたか、というところを問いたい。

稽古場を与えられた私の、一番大きな仕事はそれだな。

そんなことを、寒くてふとんから出れない時間に、ボーっと考える日々があって、
いつの間にか、人に接する行動が変わってきたと思った。

特に稽古場では、人のこころを扱っているということ、
だから、自分も、ここにふれるこころで接すること、をものすごく意識するようになった。
そして、それは、東京で暮らしていると、
とても意識して、自分に課さないと、なかなか出来ないことなんだとも思った。

だって、こうして、「こころこころ」とか「ありがとう感謝」、とか
あまりまっすぐに書いてしまうと、
なんか、安っぽいコピーみたいになってしまう、、

そういう率直な表現が、くすぐったく聞こえたり、
時に安っぽいと思われる社会に生きているということだ。

だからこそ巡ってきたこの仕事、とも思う。

でも、不思議と、ガツガツがんばる気にもならなくて、
ここはマイペースでいい、と思えてしまう。
なにか、結果を求めにいったり、「勝負」することがクリエイション本来の目的ではないから。

稽古場で、一緒に変わって行く人々がいて、
いつの間にか、いっしょに泣いて怒ってしている、劇場の人々があらわれ、
日常を共にする、わたしの周りの人々がいる、その人たちと一緒にいることだけが
なんか、大事に思える。

といっても、もちろん、これまでの出会いも、これから出会うお客さんも、
作品を通じてのことだから、作品を人に伝わる形にすることにはファイトを燃やします。

ただ、「挑戦」とか「戦い」とかだけではなくて、
まあ、なんだかんだ楽しいから続けっか、くらい自然な時間が大切なんだなと。

うまく言えないですが、なんか「一人のからだじゃない」んだなと思う。
人のためにもあるじぶんのからだ、って感じだ。
きっと誰もが、ひとりのからだじゃない、はず。だと思う。

えー、というわけで、よく寝て、食べて、いただいた甘酒飲んで、あったまってます。
寒い日に飲むから、甘酒というのはおいしいということを、初めてしりました。


01.25

パパバースディと影絵練

はい。 今日は、アトリエ集合でした。

パパバースディ(ハ濁点、ハ濁点、ハ半濁点、です。)
数日後にせまった、父:大ちゃんの誕生日を祝いました。

まずは、甘酒(父、大好物)をのみ、ケーキ入刀。
ケーキには、「撫肩GUYDANCE」にちなんで、「肩」の文字が。
甘いものに「肩」。あんまりない組み合わせです。

さて、あっこさんの時は「金・ゴールド」がプレゼントのテーマでした。
今回は、「肩、ネタ、歌」がテーマです。

母からのプレゼント。
言葉の収集家大ちゃんに、どんぴしゃぴったり。
五味太郎さんの言葉遊びの本。ネタになります。

妹からのプレゼント
温熱シート。肩に効きます。
あと、経線が凝ってるデザインノートセット。ネタ帳になります。

姉からのプレゼント
スマイル。(後日プレゼントするという歌に先駆けて。。。)

盛り上がったあとは、さくっと気持ちを切り替えて、影絵のシーンをつくり直しました。
全体の構成とのバランスを考えて、大ちゃんがストーリーを練ってきてくれた。

全体の構成とのバランス、流れで考える、
映像の編集作業で、シーケンスを俯瞰して見たり、
デッサンの終盤で、何度も画面から離れて、書き込みのバランスを考えたりするけれど、
そういう段階なのだろうと思いました。

簡易スクリーンの前で動きながら、いい絵をさぐり、決まってきました。
その後、影絵板の直し作業。4人で、ハサミやらカッターやらを使いこなす。
こういうの、内職、っていうのだろうか。家族っぽいなぁ、と思いました。


01.22

からだよ、ただいま。

松山終了後、カゾク、再集合日でした。

父:大ちゃんが到着する間に、母:あっこ、姉:晴子、妹:華子で打ち合わせられたこと。
八戸での服装。
「最低でもダウンコート(ウールは寒くてダメ)、そして丈の長い雪用長靴かブーツが必須」と聞いて、
どうしようどうしようと、合間で探しております。
雪用のブーツがなかなか見つからず、とりあえず、梅雨用の長靴でもはいていこうか、、となっておりますが。
八戸の方、いかがなんでしょう。。

さて、八戸へ向けての作戦会議
大きなモニタが借りれる場所で、松山公演のDVDを4人で見ました。

4人そろって感じたこと。
「これからはもっと、ダンスをやろう」。

ダンス、動き、からだ、を掘り下げられるところまで
ようやくこれた、、というのが正直な見解だと思う。

上富田でのショウイングの反応「ストーリーがわかりにくい」を受けて、
松山まで、わかりやすくするためのクリエイションをプラスしたのは、正解。
でも、ずっと、ダンスに満足に触れられてない焦りに追われてもいました。

八戸までの稽古では「動きの蓄積」がほしい。と、大ちゃん。

映像や小道具を織り交ぜての構成がしっかりしてきたからこそ、
からだの感覚で描くこと、「ダンス」に立ち返りたいと思いました。

あー、からだよ、ただいまかえりました。


01.19

カレイなる家族旅行 in 松山

はい。 松山でますます、家族感が高まった4名。
旅好き&タイムキーパー あっこさんによる、入念な下調べとスケジューリングの元、
短時間で松山の主要観光スポットをめぐり、「ザ、家族写真」を撮ってきました。

カレイなる家族旅行 in 松山、お楽しみください。

有名な道後温泉。
後ろにほほえむのは、「ひめだるま」。

でかい鏡が。うっかり稽古場ノリで、踊りだす家族。
道後温泉は、うれしくて石の上で踊りだした小さい神様、に由来しているとか。
(↑お風呂場に壁画があって、ほんとに小人みたいな神様が石の上でポーズしてました。すごくシュールな絵。)
4人でそのマネをしてます。

その「小さな神様の踊り」のことで、盛り上がる父・母

はしゃぐ姉・妹

夏目漱石の「坊ちゃんの間」というのが3階にあって、10代の漱石の写真が展示されていました。
ものすごいイケメンで「さすが、お札になる人は違う」と4人で感心。
姉は、漱石の写真の写真を撮りまくっていました。

よいお湯でしたー。

そういえば、温泉による前に、「湯の神」の神社によりました。
神社に行くまでの階段の急な感じが、絵になります。ここも名所(母あっこ調べ)

この神社から坂をすこし下って、広場にでると、トラムの停車場になっていて
こんな素敵な汽車型のトラムが偶然走ってきて止まりました。
「坊ちゃん列車」といいます。
思わず駆け寄って、パチリ。「あ、うしろに!おっちゃん、、列車。。」父がボソリ。

おいしいものも、たくさん食べました。
この停車場ちかくの、「いろは屋」さんのみかん食パン。
商店街の「じゃこ天カツ」、そして、午前中で売り切れてしまうという(母あっこ調べ)
「みよしの」の5色おはぎ。甘さひかえめのおはぎ、5色みんな、本当においしかったです。
 
飛行機にのる直前に、「じゃこ天うどん」を食べました。
立ち食いうどん屋さん的なところですが、じゃこ天があげたて。ものすごいおいしかったです。

じゃこ天に真剣な姉、うどんのおいしさに感心する母。

カレイなる家族の、松山半日駆け巡り紀。次の八戸も写真とれるかな。。
どうぞお楽しみに。


01.19

和歌山、松山、あ、ヤマでそろい。行ってきました。

あけまして、おめでとうございます。
松山初演からもどりました。

しばらく、ブログから姿を消していました。
わあ、書く時間がない!やばいー と思いつつ、つくるのに必死でした。

というわけで、ちょっと、ふりかえって書いてみます。

和歌山へ向けて、ダンスも映像も小道具も衣裳も音楽も
どんどん形になりました。
しかし、形になったものを受け取って作品に組み込んでいくのに、
こんなに頭を使うとは。

イメージしていたものが形になると、ものは形通りでも、
予想していなかったことがいろいろ出てきます。

例えば、道具が思うように動かせない、離れて見てみると色が思い通りに見えない、
一曲ずつはよくても繋げて聞くとなんかノリが悪い、などなど
あらー、こんなに挙るのね、と思い焦りました。








たぶん、一枚の絵であれば、描きたいものをザーッと描いて、
一度離れてみてみよう、という段階かと思うのですが、
舞台が難しいのは、絵のように、チャチャっと一人では直せないこと。

どう直したいのか、人に伝えていくことが
つくることのメインになります。

伝えるのは本当に大変な作業だと思います。
明らかに伝えられないときは、自分もイメージを強く持てていないことが多いので、
何度も作品の主題に立ち返ります。

一人で描く絵なら、まず描いてみて、間違ってたら直せばいいや、となるのですが
人の限られた時間を使うとなると、そうもいかない。。

なるべく考えをまとめてから、直しも依頼しようとするけれど、
作品と自分自身は切り離せない部分が多く、
主題に立ち返るごとに、自分自身について考えすぎてしまう。。

あー、いかん、と気づいて、頭をリセットさせます。
とにかく、自分はおいといて、他人の目で見て、楽しめるかを考えます。
きっと、こういう風に自分を突き放すのに、とてもエネルギーがいるのだろうと思いました。








上富田文化会館で、初めて全貌がみえました。
でも、最初は、つぎはぎだらけという印象。
レジデンスの時間は、ほんとに有効で
見て、直して、話し合って、また直して、見て、、がずっとできる。
4人の協力なスタッフ、そして、旅館の豪華でおいしい食事。

レジデンス中にだいぶなおして、地元の方々に見せました。

「ストーリーがわかりにくい」

映像の使いかたなど、ほめてももらったけど、
やはり、シンプルにこの意見につきました。

でも、ここまで問題が明らかになると、
どう直したらよいのかも、見つけやすい。

私はプロデューサー水野さんと、海がみえる電車にゆられながら話して、
あっこさんと晴ちゃんは、熊野の山を歩きながら話して
意見がまとまってきました。
あらたまって、打ち合わせしよう、という感じではなく、
海や山に触れながら、ふと話ができるというのはすばらしいと思いました。








東京にもどって、年末最後の稽古。
上富田のビデオをみて、たくさん話しました。

年明けから直しを入れるポイントが出そろい。
やることが一気に見えてきました。
お正月返上。
年明け数時間後には、晴ちゃんと新たにキューシートを書いており、
松山まで、ダンスも映像も小道具も衣裳も音楽も再度形になっていきました。

何人もの人の力で送りだされた松山。
現場では、現地の小屋のスタッフの方に、テクニカルにかかる箇所を受け渡します。
ここでも、スタッフの方への伝え方を学びました。

照明の入り、音の入り、映像の入り、タイミングやリズムは身体感覚で「ここっ」
というところがあるけれど、
身体感覚をいきなり共有するのは、とてもむずかしい。。

なので、だれが見てもわかるダンサーの動きをきっかけにするなど、
合図をわかりやすく伝える、そして、一緒に繰り返しやってみる、
人と一緒につくることをまた一個学びました。

本番はリハのかいあって、スタッフの方との共有が成功したかんじ。
うまく行ったと思います。
終演後すぐにトークがあって、そのままかたづけ、東京帰るまで駆け抜けたので
まだアンケートもビデオも見れていませんが
舞台に立っていて、お客さんの集中を感じました。
そして、トークにたくさんのお客さんが残って下さっていたことにびっくりしました。
松山、すごいですね。

とても長くなってしまいました。一気にふりかえりでした。

次は、本番後の家族による「カレイなる松山めぐり」をアップしますー。


11.26

これまで と これから

今日はやることが盛りだくさんでした。

まず、ディルさんと打ち合わせ。
映像への音付け作業です。
わたしのアトリエで、編集した映像をまず確認してもらいました。

「あっこ(中島晶子)、、絵になるなぁ」 と、ディルさんがひとこと。

これは、うれしかったです。しかし、すぐ、
映像の切り替えのタイミングと、音の入れのタイミングについて、
ディルさんから意見が飛んできました。

編集していると、何度も何度も繰り返し同じ映像を見るので、
客観視が難しくなってきます。ちょっとした音のずれとか、映像を見せる長さとか、
見慣れてしまうと、覚えてしまって、初めてみた感触が分かりにくくなるんです。
なので、こういう風に、お客さんの目線を考慮した意見がもらえるのは、とても重要です。

すぐに移動して、稽古場へいきました。
今日は、稽古場でも、録音作業です。

ある台詞を録音するのですが、、そのたった一言をいうのが、とても難しいことに気がつきました。
大ちゃんと、あっこさんの二人で分担して言う予定だった台詞、
結局、晴ちゃんも参加して録音し、どれかよいものを採用しようということになりました。

写真は、マイクを片手に、力が入る3名と、
すばやくダメ出しをするディルさんです。ダンスの稽古場では、あまりない光景かもしれません。

その後すぐに、映像とダンスの兼ね合いを見るための練習です。
映像の仕組みを工夫して使った、仕掛けのある場面です。

わたしの頭にある、舞台の絵づらを、メンバーと共有しなくてはならないので、
カメラを2台使って説明しました。
映像の中ではこういう絵、舞台上ではこういう絵になるから、
その絵をふまえて、動いてね、といった感じです。

これも、ダンスの稽古場では、あまりない光景かもしれません。

自分でプランを立てながらも、思うのですが、
ものをつくるときは、自分自身にも、かかわってくれる人々にも、
いままでにやったことがないこと、を要求していると思います。

映像内での表現や、映像に合わせて動くこと、台詞、小道具の扱いなどなどは、
3人のダンサーには、初めての要素だらけです。
また、ダンサーと共に変化する衣裳や、一緒に踊る家具、でかい小道具、などなども
スタッフにとっては、初めての要素だらけです。

絶対に新しいこと、、と決めてかかる訳では決してないのですが、
だれかと一緒につくる時は特に、
「今までプラス何か」をやってみようではないか、と思います。

美術作家だった私が、ダンサーに出会い、突如、舞台作品をつくっていること自体
普通に考えたら、ありえないです。けど、現実にかたちになっている。。
だから、一見無理そうなことこそ、出会った人と協力して、かたちにしがいがあるなと、思えてしまうのかもしれません。

さらに言えば、そもそも、ダンサーとして、とか、スタッフとして、というくくりで
メンバーを見ようとも思いません。
それぞれ一人の人として、日常で、人並み以上にいろいろ感じとる能力のある人たちだから、
専門にしている領域をちょっとはみ出すようなオーダーでも、
きっと、うまいことかたちに出来るだろうと、その新しさを引き出したいと、思えてしまいます。

出演陣4人、それに、スタッフ+協力者で、6名。
10名の、それぞれの、「これまで」と「この先」、が入り交じった舞台作品
もうすぐ全体像が見えてきます。


11.25

手作りな稽古場

今日も、ダンスシーン「雪見酒」練習です。

北区の小学校を、再度お借りしての練習でした。
今日の部屋も、またよい雰囲気です。

手作りの鏡がおかれていました。
卓球台に、学校の手洗い場で使われていたらしき、鏡を集めて固定したものです。

廃校を、すぐにマンションなどにするのではなく、
人を活かす場所にしようと活動される方々の
工夫のこころいきを感じました。

さあ、少しはまちがえなくなった「雪見酒」、
ビデオも追ってアップ予定です。


11.24

リズムはどこから・・

今日のはじまりは、また、晴子ストレッチです。
少し、高度です。が、肩がものすごく伸びます。

大ちゃんが、「あ、あれに似ている」といって、歩み寄り、
あっこさんも、すかさず参加して、このポーズに。題して「買い物袋」です。

さて、「雪見酒」と呼んでいる、踊りのシーンがあります。

私が入れたいステップを、メンバー3人の前で、やってみせ、伝えました。
空を見上げながら、雪玉をぽんぽんと投げるような、軽い足どり、
自分では、けっこう心地よいリズムをふんでいると思ったのですが、
3人そろって、再現に大苦戦です。

逆に、大ちゃんや晴ちゃんが提案したステップ、
これは、私ひとりが、何度やっても、できない。

人のリズム感というのは、不思議です。いつ、どこで、培われるのでしょう。

正しいリズム、も、正しいダンスもというのも、ないはずですが、、
3対1で、ついていけるリズム、いけないリズムがすっぱり分かれると
すこし寂しい気持ちになりました(笑)

が、ここは、気合いです。
4人で声を出し、反復練習をしました。もう、そうするしかないのです。
カウント、ではなく、「ツッカツッ、タラッ、タ、ラッタ」と
ステップそのものをイメージさせる音で言い合います。

しかし、声を出しても、まちがえる。
あまりに、それぞれ間違えるので、おもしろくなってきて、記念にビデオに取りました。
(ビデオ、追ってアップ予定です。)
声を出して、一緒にやってみてくださいね。ツッカツッ、です。


11.23

おどるおどりの大道具

大道具、といってもセットではないのですが
大きめの道具をつくってくれる、ゆうじさん と材料下見に行き、打ち合わせしました。

東北沢にある、古道具屋さんを物色し、
わたしがスケッチしたものに、合うものがないか、探しました。

どんよりした曇りが、完璧な晴れに変わって、とてもよい気分でした。
古道具屋のさまざまな家具、古い木の色は、不思議と、空の色に映えるんですね。

ちょうど良いものがあれば、購入するつもりでしたが、
やはり、ぴったりというものはなく、
見た物を参考に、その後、ゆうじさんと話して、
すべて、独自に制作することにしました。

木曜日から、家具の工場で、ゆうじさんの手によってつくられます。

ゆうじさんは、本業は、造形作家です。家具などをつくっています。

3年ほど前に、美術展の仕事で、陶器のオブジェを加工する必要がでたとき、
ゆうじさんに、お世話になりました。
陶器に穴を空けるためのやり方を、教えていただいたりしていました。

偶然にも、今年になって、ゆうじさんご自身も、
ダンス舞台の道具をつくることがあり
それがきっかけになって、ダンス自体にも少し興味が湧かれたようです。

道を歩いていて、「あ、あの家、いい感じですね。」と言われた方を見上げると
長く大切にされてきたであろう風情のある家が見えます。
古き良き感じを残しながら、ちゃんと補修の後がある家です。
ゆうじさんの持つ、あたたかいセンスが感じられる瞬間です。

打ち合わせ中に、
「大道具って、どこまでの精度でつくるべきですか」
と、質問をうけて、なるほど、と思いました。

家具の感覚でつくると、木目や仕上げのツヤ感にも当然、精度が要求されます。
そして、一度つくったものを、数回の公演後に壊す、ということも、
家具ではありえません。

舞台では、おそらく、細かな木目までは見えないです。しかし、
「僕はやはり家具屋なんで、、道具、つくるとしたら、
 公演後にも、だれかの家で使えたりするものが、いいかなと思って」

と、言われ、これは新しいな、と思いました。
すごく、よい意見だとも思います。

私もそうですが、異分野のひとびとが、ダンスの舞台に関わると、
あたらめて、ダンスや舞台が客観視されて、新しい見解がうまれるので、
その新しさが、やはりおもしろいのだと思います。

あと、生活と地続きの表現というのもいいし、
舞台で使った道具が、ひとつ、ひとつ、
生活の現場に還元されていく風景も、ちょっといいなと思いました。

そう、作品には、家族のつかう、家具が道具で出てきます。
どんな道具が登場するか。きっと、あたたかみがある、ちょっとステキな一品だと思います。
待っていてください。


11.20

体が晴れる、体操。

昨日、稽古場に行ったら、
一足先に到着していた晴ちゃんが、写真のようになっていました。

あ、倒れてる。。 と思って声をかけたら
あたらしく生み出したストレッチを試していたところでした。

はるこセンセイ考案、新ストレッチポーズは、題して「イヴ・サン・ローラン」。
体のかたちに、Y S L が見えるからです。どうです?見えますか??

晴ちゃんは、よくストレッチのポーズを発見しては教えてくれます。
私は、晴ちゃんに教わった、デスクワークで背中がかたくなったときのポーズ、
あと、朝、起きれないときに目がさめるポーズ、などを活用しています。

つづいて、大ちゃん、晴ちゃんそろっての、
テレビを見ながらできるストレッチ。

これらの体操、稽古場でちょっとやるだけでも、
とても盛り上がります。仕事でつかれた体も気持ちも、ちょっとあたたかくなります。
できても、できなくでも、あたたかくなるのです。

これから出会うお客さん達とも、一緒にやりたいなと思ってしまいました。

手始めに、「イヴ・サン・ローラン」試してみてください。
Y S Lになってるか、意識すると、肩と体側がのびますよ。


11.19

撮影その2

今日も昼間から、映像撮影をしていました。
あっこさんのシーンです。

映像も、一工夫したいポイントがあって、
普通に撮るより、ちょっと時間がかかります。
そして、自然光で撮るため、大ちゃんの時とおなじく、時間とのたたかいになりました。
が、撮りきりました。

写真は、映像に出演した、ウシ、ブタ、たまねぎ、です。

わたしは人形や動物のフィギュアやぬいぐるみが好きなので、
うちには、こういうハペッツがいろいろいます。
映像に彼らを使う、というより、友情出演してもらってる感じがします。

と、書いているうちに、もう時間です。
これから稽古にいってきます。


11.17

撮影その1

今日は、昼から映像撮影です。
大ちゃんのシーンを撮ります。

スチールにしても映像撮影にしても、寒くなってくると
つくづく、日が沈むのが早いと感じます。光の量がどんどんなくなってきます。
どうにか撮りきって、その後、小道具の買出しに出ました。


夜は、稽古でしたが、今日は分業制です。
ディルさんと話し合って決めた音を、メンバー3人に託しました。
メンバーが、音に合わせた動きをつくっている間に、
私は、衣裳の助っ人、いっしーと打ち合わせをしました。

いっしー、もまた、舞台仕事の現場で出会った仲間です。

今回やってみたいデザインが、舞台上でほんとに映えるのか、
初めての試みが多いので、
いっしーに聞きながら、デザインを再考して、制作をお願いしました。
衣裳作業を受け渡せて、一段、身が軽くなったかんじです。

しかし、まだ、映像のことで頭の大部分がうまっております。

複数のひとたちの力で、ひとつひとつの部品が、形になり始めています。
ちいさな積み木が、日々、あちこちから積み重なっていって、
だんだんタワーになっていく感触です。

早く全貌がみたくて、たまらなくワクワクしますが、
でも、部品がそろって、作品全体が一度形になってからが、
ほんとのスタートなんだろうとも思います。
そこで、どれくらい作り直せるかを想像すると、その過程にはまたワクワクしてしまうのですが。。
期待と不安、まさに入り交じりの本日です。


11.16

からだと一緒につくる

食べるのを忘れるほど、やることが多い日々です。

村山チームは、
美術的要素だけでも、映像、大道具、小道具、かぶりもの、衣裳の5つがあります。
このblogでも、順に紹介していきたいとは思っていますが、
映像以外の4つの要素、それぞれ、助っ人を呼んでいます。

映像だけは、村山担当なのですが、
今、制作作業にとりかかってくれている、助っ人4名+音のディルさんの計5名と
連絡を取り合いながら、映像の撮影準備を進め、振りと演出のことも考えるという毎日です。

それぞれの助っ人に、スケッチをかいて、指示だします。
あたりまえですが、、毎日とても考えて、頭をつかいます。

数十分ごとに、頭を切り替える必要に迫られる日々、これ自体初めてですが、、
とても難しいことがわかりました。

切り替えようと思っても、前の作業に心残りがあると、頭が勝手に引きずるようです。
肩こりや筋肉痛と一緒で、一度緊張すると、なかなかとれないものですね。。
脳も一回集中すると、力ぬいて切り替えるまで、ひと苦労するようです。

明日は、大ちゃんの映像撮影です。村山がカメラをまわします。

映像のカットをどう効果的に使うか、ここしばらく、絵コンテを何度も書いていました。
しかし、何度書いても、カメラを持とうと手が動いていきませんでした。

絵コンテの時点で、自分の気持ちがどうも入っていかないことがあります。
そういうときは、自分で書いた絵に対して、直感で、
「ウソくさいー」なんかにおうなと、思ってしまいます。

自分が体感して、感じたことのある気持ちしか、描けないということなのかもしれません。
喜びにしろ、悲しみにしろ、形だけまねして映像に載せる事もありだと思いますが
そうしようと思うと、手も体も、自然と動きません。

つくづく、体は正直だと思います。。
ほんとうに作りたいものに対してしか、エネルギーを燃やしてくれない。
鉛筆一本にぎる指まで、気持ちがついて行くときと、行かないとき、
勢いがちがうことに気がつかされます。。

よしもとばななさんの本で「体はみんな知っている」という本がありますが、
ほんと、体に聞くのが一番早いなと、あらためて思う今日でした。


11.14

人と一緒につくるということ

10月末に、ストーリーを改めて言葉でちゃんと書いて、
シーンの目次表をつくり、メンバーに渡してから、
進むのが確実に早くなってると思います。

早いのは、なにより、分担がしやすくなったからです。
メンバーがストーリーを共有してくれているので、
振りなどは、大まかな流れを、まず一緒に考えて、あとはおまかせします。
絵画でいうと、エスキースや下書きを書いていく段階だと思います。
どうしても入れて欲しい動き、ステップも同時に伝えて、
振りをつめてもらってる間に、
私は、小道具の指示書を書いたり、映像の絵コンテを書いたり、自分にしかできないことをやります。
(写真は分担中の風景。
 台詞作成中の大ちゃん、かぶりものスケッチ作成中の私、振り考案中の晴ちゃん。)

振りや動きの最初の流れを決めるときは、やりたいことをちゃんと伝えられたり、伝えられなかったり、
コミュニケーションの難しさを感じるところもあります。
けれど、そこは粘ってやります。大まかな流れが決められたら、メンバーにぽーんと投げます。

メンバーは、私の下書きに、アイディアを肉付けをしていってくれます。
一人では思いつかない動きが盛り込まれていって、豊かになっていくのを実感しました。

これは、最近の大きな発見なのですが、
ダンスの舞台をメンバー、スタッフと一緒につくることは、
なんだか、複雑な編み物みたいだなと思います。

プロダクトの企画デザインや、美術展の仕事の時も、チームで仕事をしましたが、
ディレクターや作家の色で、作品が統一されなければ、、という空気を
私は、勝手に感じていたように思います。

でも、ここにきて、人と一緒につくることは、そうではなかったんだなと感じます。
絵の具のように、色が混じって、一緒くたになるのではなく、
何本もの色違いの糸が、上に下に編まれていって、複雑な色の布ができていく感じです。
混じっても、一本一本の色は垣間見える。たくさんの方向から、うまく、からまって編み込まれている感じ。

でも、制作の作業量を普通に考えても、舞台は、人と協力し合わないと、
どう考えてもやること多すぎて、できないと思いました。。。

関わってくれる人々を信じて、あるところからは、ディレクションを手放すことも、
ディレクターの能力なんだと痛感しました。

おそらく、ディレクター一人で抱えて、あれこれ言っていても、
何にも形にならないんだなぁ、と思います。

上からでも、下からでもなく、関わる人たちと、同じ立場で意見交換していきます。
その対等さをキープすることは、とても大変だけど、同時に、一番楽しいことでもあると思います。
ひとつ、かたちになった時のうれしさを、共有できるからです。
この感覚は、舞台にかぎらず、人間生活においても、けっこう必要なことなのかもしれないです。

関わってくれるメンバーの勢いをどんどん受けて、
寄り道、たくさんしてみようと思えているこのごろです。


11.13

小道具打ち合わせ

小道具制作担当、いくらさんと打ち合わせをしました。

いくら とは、やはり舞台仕事の現場で知り合って、仲良くなりました。
同じ美術出身で、ときどき、同じレンズで世界を見ている気がします。

クリエイションにおいて、言葉でのコミュニケーションにトライしている今回ですが、
イクラとの打ち合わせにおける共通言語は、オンリー絵、です。
やはり、通じるのが早い、です。。。
外国に行っていたのに、突如、数日間帰国した感じでした。

いくら が、ある演劇の舞台の、小道具制作の現場で学んできた素材の使い方や、
ペイントのやり方などの話を聞いて、興味津々でした。たのもしいです。

アトリエでコーヒーを飲みながら、優れた接着剤や、塗料の話でマニアックに盛り上がってしまいましたが
絵的に、見せ場にしたいポイントも、すぐ理解してもらえて、
今日のうちに、素材の下見に行き、注文もすませられました。
(写真は、私がかいた、いくらへの小道具指示書。)


11.12

小道具、始動。

今日の稽古場は、北区の元小学校です。
教室は木の床、道具棚や保健指導のポスターなどがそのままのこっていて
すごくいいかんじの場所です。

夕方の電車では、かなり迷惑なほどの大荷物を持って稽古場へ行きました。
小道具の試作を持って、動きとの兼ね合いを確かめるためです。

道具の試作は、私の場合、木っ端や段ボールで、ざっくりと形や作動部分を作ります。
それを、空間に置いたり、ダンサーに持ってもらったりして、
大きさや形、舞台の上でのバランスを見ます。

一つの道具を、いくつかの違ったものに見立てたりするので、
試作で、動きとの兼ね合いを試す段階が必須なのです。

道具は、実際に、人と並べてみたときの印象が大切だと思っていますが、
今日の稽古場では、人と並べてみた時の道具の印象が、おもしろすぎて、、
こういう見え方もあるんだな、とちょっと発見でした。

詳しくは、見ていただいたときの楽しみにしておきたいのですが、、
ある物を、ためしに、普通の10倍ちかく、異常に大きいサイズでつくってみたんです。
大きくしたのは、その後のシーンとの関係で、いろいろ必然的な理由があるのですが、、
結果、物が異常なインパクトを持ってしまった。。(笑)

強い印象の道具にたいして、人の存在、動きがどう見えるのか、
何シーンか動いて確かめてみました。

小学校で、広かったので、
校庭まで走って出て、遠くから道具と人を確かめましたが、
この大きさを採用することにしました。
人と道具の関係が、普通じゃないのが、よいと思いました。

衣裳と動きの関係も、決まってきました。
動きから衣裳のデザインが決まり、衣裳から動きが生まれる、
こういう相互の、衣裳とダンスの関係はすごくやりたかったことでした。

メンバーと動きながら、試しに服をいじって
動きも、服の形も、より具体的になりました。

明日から、小道具制作を手伝ってくれる人びと
そして、衣裳制作についてくれる人びととの打ち合わせ&制作作業が、本格的に始まります。

今回は、私は、映像の撮影&編集もやるので、
衣裳と道具にかんしても、よき仲間を巻き込んでいかなければ、終わらんです。

このblogでも紹介したいと思いますが、
みんな、これまでの舞台仕事の現場で一緒にふんばった、個性と未来あるひとたちです。
いつか一緒になにかをつくろう、といっていたのが
ちょっとずつ実現していっている感があります。


11.09

晴天のトリップ

東宝スタジオへ、映像撮影に使う小道具を借りに行きました。

東宝スタジオの美術部は、
チラシの撮影をして下さった、カメラマンの大橋さんが教えてくれました。
大橋さんは、映画のカメラマンも担当されており、映像制作にも詳しいのです。たのもしいです。

スタジオがたち並ぶ、広い広い東宝スタジオの敷地内は、一歩入ったとたん、別世界でした。

職人的な空気にあふれている場所、ものをつくる気迫が漂う、別の国に入国した感じがしました。
(写真撮ってはいけなさそうだったので、写真なしです。。)

美術部の建物につくまでにも、大道具を制作する専門の建物や、
映画撮影の大掛かりなセットが組まれているスタジオが垣間みれました。

晴天も手伝って、すっかりショートトリップしました。見とれました。
うっかり、迷子になってしまって、守衛さんに助けらました。

映像美術担当の方が、アドバイスしてくれ、
ものすごい数の小道具が並ぶ棚を物色しました。

鍋ひとつとっても、少しずつ、かたちや質の違うものが、ところ狭しとありました。
手触りを確かめると、ぐっと、映像のイメージが広がります。

きのうも、大ちゃんに動いてもらって、カメラテストしてみましたが、
絵コンテの段階から、実際撮るものを前にすると、
匂いや、重さ、実物の空気をこちらも受け取って、
やはり何かスコーンと、映像のイメージが強くなる気がします。

夜、Dillさん宅で録音作業しました。
晴ちゃんと、友人に手伝ってもらい、あるシーンに使う台詞を録音します。
大ちゃんが書いてくれた、笑いがしみ込むセリフです。
数名で分担して読みます。

役者ではないわれらですが、声が舞台に響いたときに、
わざとらしくならないよう、かといって無機質すぎないよう、
そのあたりは、センスをとがらせて判断していきます。

録音した音を聞いて、Dillさんにも音的な演出アドバイスをもらって、直しました。
短時間でしたが、「うん、こんなかんじなんじゃないか!」というとこまで行けて満足です。

この録音データを、これから加工します。
ディルアニキ、たのみます。


11.08

ピンクなのにブラック

「ピンクなのに”ブラック”〜」と、あっこさん。

見つめているのは、先ほど大ちゃんが発見し、即購入したTシャツです。
テイストはあくまでもカワイイのに、思いっきりこの世を風刺したものです。

「カレイなる家族の食卓」のストーリーにはまっていて
一同びっくり&大笑いしました。
ニワトリが目玉焼きの食卓にいるバーションもあるそうです。シュールでステキです。

今日は、朝のうちからトヨタ稽古場でした。
晴ちゃんと、中盤の踊りをつくりました。

このシーンは、作品の中ではけっこう大きなシーンです。
4人家族の心のがはなれたり、ちかづいたり、揺らいでいるのを表現したいけれど、
前回は、うまくイメージを伝えられませんでした。
メンバー3人からも、自分自身からも、うまいこと動きが引き出せなくて、
その日は、沈みました。。

人に、自分のやりたいことがうまく伝わらない。それは、たいてい、
一つのシーンで、伝えたいことが複数重なってしまっている時です。

「重要度の高いシーンだ」と思うと、気合いとテンションが上がります。
でも、それだけに、たくさんの要素を盛り込みすぎることもあります。
うっかり力をいれすぎて、盛り込みすぎていました。

一回、頭を真っ白にもどして、
このシーンでは自分にとって何が一番かなーと
あえて、カラダの力が抜ける時間、料理するときとか、お風呂入るときに
考えていました。

やりたいことが一個に絞られてくると
そのシーンの美術的アイディアも、カチャリとパズルがはまるように、決まります。
やはり、入れすぎた力は抜かんとな。

そして、今日のトヨタでは、発見がありました。
いわゆる「踊り」ではなく、すごくシンプルな動きについて、です。

静止状態から首の傾きをちょっと変えるとか、
体の力を一瞬抜く、とか。
それだけでも、空気がジワリと変わります。
人の気持ちが、体の在り方ひとつで大いに伝わることを、晴ちゃんと動いてみて感じました。

力のかぎり踊るダンスも好きです。でも、そうではない、気持ちの伝え方をさぐれた時間でした。
体そのものをコントロールする、というより、空気を、体の在り方によってコントロールする、という感じです。
ちょっと、探りがいがある気がします。

お昼に、稽古場ちかく、水道橋の「ハングリー味川」(すごいいいかんじのカレー屋)で食べました。
カウンターごしに、マスターのハンバーグを伸ばす仕草を、もれなく見る事になるのですが、
まさにダンスでした。相撲取りのシコ並みの腰の入れ方。
パーンパーンと肉を伸ばす音が鳴ります。そして、手が見えないくらい超、早いです。

午後は、ラストシーンの、もう一つの踊りにも手が付けられました。
ここも、盛り込みすぎていた音を、一つに絞りました。

長い一日の締めくくり、「味川」さんに、忘れてしまった帽子を
とりにいきました。
油のにおいがつかないように、丁寧にビニールに包んでとっておいてくれました。
チラシができたら、また、あいさつに伺おうと思います。


11.07

音の打ち合わせ

音の助っ人、Dill(ディル)さんと打ち合わせ。
音楽、音のプランは、基本的には村山が決めているのですが、
映像に対する効果音つけ、動きに対する効果音、録音の声をリミックスしたいところなど
Dillさんの技術とセンスにお願いしたいところが複数あります。

ミュージシャンでもあり、コンテンポラリーダンス舞台の音響も数多くつとめるDillさんとは
2008年彩の国さいたま芸術劇場主催の
「日本昔ばなしのダンス/うらしまたろう(構成・演出:森下真樹)」で出会ったのが最初です。

「うらしまたろう」で、Dillさんが作曲したワルツがとてもよいなと思って、
DillさんのCDを聞いたら、ものすごくハマりました。
みわこさんというボーカルの方が
歌っているレパートリーが、私はとても好きで、
小道具や衣裳をアトリエでつくっている時に、エンドレスでかけまくっていました。

その後も、舞台現場で顔を合わせることが複数ありました。
しかし、舞台現場だけでなく、、
料理もプロであるDillさんが、「うらしまたろう」公演メンバーの
忘年会のコックさんとなってくれた時もあり、
“ディルアニキ”的存在の人であります。

ひとつこちらがプランを説明すると、パパパっとアイディアを返してくれ、
話が進むのが早くて気持ちがいいです。
音に関して、イメージが不明確だったところが、今日で一気に整理されました。

今日は、ラストシーンの踊りもメンバーにちゃんとイメージが伝わって
進んだ感があります。
試行錯誤だけど、暗中模索期間もムダじゃなかった、と思える短い瞬間です。

映像撮影、編集もがんばります。


11.01

アハハ大学

11月1日、「1」イチが3つならんで、なにかと気持ちが切り替わった感じがします。
そんな本日は、あっこさん(中島晶子)の誕生日。

大ちゃん(小笠原大輔)が、カバンのなかから出したのはなんと、今回の公演専用Tシャツでした。シルクスクリーンによる手作り。
メンバー全員分。

タイトルが決まる前、このチームのことを、仮りで「アハハ大学」と名付けていました。
あきこ・はるこ・はなこ・大輔 メンバー4名の頭文字をならべて「アハハ大」
稽古では常に笑いが絶えないし、4人にぴったり、笑いを研究する大学みたいで丁度いい、と言っていたのですが、Tシャツには、そう、「アハハ大学」のロゴが。もちろん、あっこさんがハマっている金色。

晴ちゃん(笠井晴子)が、とりだしたのは、金色ラメにペイントされた、アンケート用鉛筆。これも手作り。
アンケート用鉛筆_(写真)は、移動の多いあっこさんの必需品なのです。
あっこさんが、アンケート用鉛筆を、手帳にはさんで持ち歩いているのを、晴ちゃんがしっかり見ていた、と。

約束したわけではないけど、自然な流れで、それぞれ手作りのプレゼントが手渡される。あたたかい瞬間です。

「カレイなる家族」のメンバーは3人ともそろって、まあ多才です。興味の範囲が広いひろい。
でも、何より、喜ばしいことに向かって気持ちを燃やす情熱にあふれているところがすばらしいと思います。

こういう熱は、舞台でもきっと人を美しくみせると思いました。

舞台作品づくりは、日々、大変ですが、お客さんと出会い、作品を共有できる時間を想像すると、やっぱり喜ばしいものです。
本番にむかって、このメンバーで、また一歩ふみだしたぞと、手応えを感じた今日でした。


10.25

こんにちは。村山華子です。

こんにちは。村山華子です。

本日、トヨタ稽古場で「初通し」の日です。
プロデューサー水野さんと前納さんチームが見守るなか、初めてチーム外に見せました。

が、村山チームは通しといっても、踊りの部分と構成表の口頭説明なのです。
これまでは、構成とストーリーを共有する作業に時間を使っていたので、まだ形になってない部分が多い。。
でも、「家族」には見えたとの感想が。これは、よい感触。

美術出身の私は、打ち合わせや他人へのプランの説明といえば、まず”絵”でコミュニケーションをとるのが普通だったのです
が、、
(経線のない白い紙に、自分も打ち合わせ相手も絵を描いて話を進めるんです。)

ここにきて、言葉の必要性に気がつきました。

というのは、10月20日くらいになって、それまで、絵コンテのようなスケッチ、あと自分が動きながら口頭説明して伝わったと思っていた作品内容が、実はメンバーにあんまり正確に伝わってなかったことが発覚。
せーの、で、あるシーンをおさらい、と思ったら、バラバラな動きに。。

ゲゲ、これはマズイ。と思って、焦っていると、
「ひとまず、短い言葉の羅列でいいから、シーンの目次表が欲しい」との答えが。

同じダンスをやる仲間でも、ひとりひとり、持っている「言語」というのは違う。
そして、世の中では圧倒的に「言葉」が「言語」なんですね。

なので、考えを変えて、動きやかたちの説明はひとまず休止。
シーンの目次表をつくって、それから、言葉で、家族のストーリーをあらためて書いてみています。

絵本でいう「ぶん」と「え」だったら、自分はもっぱら「え」担当の側でしたが、
今回は「ぶん」も担当ってことなんですね。それが「作・演出・構成」の役割。
と、いまさらながらに、整理がついて、再始動なのです。


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